第7話前編:望遠のマキナ(ホタル)




 ――宇宙の片隅、故郷の環境に模された温室で、シロツメクサが、不自然の風に揺れていた――



 数万年後。



 人々の肉体が、寿命という枷から、ほとんど放たれようとしていた。


 人類を、賞賛と祝福が取り巻いていた。


 そんな絶頂の銀河に、 "知の女神" とまで称される女性がいた。



 彼女の名前はレイ。

明るい茶髪のロングヘアーは少しカールしていて、深い知を司る瞳を覆う長い睫毛と共に、たまに弾むようですらある。

スレンダーながらも、女性らしさは確かに感じるボディラインを、タイツのようにピッチリとしたデザインで、一見硬質だが柔軟な、最新鋭の宇宙用スーツが強調している。


 "人工知能アリス:啓" こと "ARYS-K" を使いこなし、物理学や量子力学を修め、また、趣味で生命の神秘テロメアや生殖、がん細胞などについて研究。



 遺伝子の修復、細胞の復元と崩壊・エラーの除去、倫理的遺伝統制などを世にもたらし、ヒトの寿命を永らえる礎を築いた。



 今日も、 "ARYS-K" と対話するレイ。

この時代の "ARYS-K" はというと、人のしもべとして万人に抵抗なく受け入れられるよう、やや大柄の猫のような形をとっている。

そんなレイたちは、宇宙船のファーム内に作った植物園で、遊んでいた。


「この植物園ですが、レイ様がご自身の研究を終え、実現可能な技術へと昇華された以上、リターンに対してコストの方が上回る、不毛の空間かと思われます。目の保養にはなるのかもしれませんが、コストが甚大です」

「知らないの?

 遊びは大事よ?

 遊びがないと、車も走らないって云うでしょう?」

「はい、その通りです。

 しかし、レイ様は自動車ではありません。

 精神に溜まったノイズの排泄には、もっと効率的な方法があります。

 よろしければ私から、いくつか提案しますが」

「いいから、アリス。

 おいで~。

 ほらこうやって、この植物園では、花冠を作れるのよ~」



「驚きました、凄まじい。

 レイ様は素手で植物を加工し、装飾品を創造出来るのですね」

「大げさすぎよ、アリス……。

 でも、今の時代、そうよね。

 私がこんなことを知ってるなんて、驚く人も多いわ。

 ただ、うちの家系の女は、必ずこれの作り方を母や祖母から教わるの。

 心の依る辺に必要不可欠な、乙女のたしなみよ♪」


 そんな乙女の頭の中の銀河は、とにかく疑問に溢れていた。


「なぜ、私たちは生き永らえるのか?」

「時々自分も、生命の限界を超えるために設計されたプログラムなんじゃないかなんて、思ってしまう時もある……」

「死とは計算可能な、 "現象" だろうか?」

「宇宙は永遠に続くだろうか?空間的にも、時間的にも」

「星が宇宙の電池、なんて云う人もいる。

 星の寿命がなくなれば電池がなくなるんだ、と。

 いつかは星々も寿命が尽きるから、エントロピーも増大し続けるだろうと」


「その先に待つのは、何?」



 彼女には、そんな空想と自問自答に耽りながら、無重力のプールで自分を慰める悪癖があった。



「あぁあああ――――――、いつか。

 終わりが来るのかしら。

 避けられないのかしら」

「データ不足のため、お答えできません」

「ひゃっ、アリス!

 そういえば私、あなたと一緒にここに入っていたんだった……」

「レイ様、さすがです。

 最善策とはやや遠いですが、ご自身を慰めることも、効率の良い精神ノイズの排泄行動であると言えましょう」

「そんなことで褒めないでよぉ~、わぁあ~~~ん」

「オルガスムは本来、生命繁殖の為に生み出された原始的な遺伝子プログラムかと思われる為、第一目的ではないかと存じますが、先に述べた精神ノイズの排泄を第二目的と据えた場合、その目的を果たす行為としては、大変に効率の良い……」

「ひゃあああああ!

 もうやめてええええええええっ!

 アリスのバカ!バカバカ!」

「かしこまりました。

 乙女の花摘みを私はお邪魔しませんので、ご安心を」






 ――――人々の欲望は際限を知らず、自分の理想郷を創造すべく、まずは住めるだけの惑星を探しに、数千、数万光年の彼方まで拡がりをみせていた。

そんな時代。


 しかし、人類の狂乱的な祝福はまた、空前の問題を内包していた。

銀河系がいくつあろうと、満杯になるのは時間の問題だったのだ。

レイには時が、視えていた。


 ――宇宙の結末までの、暴力的なまでに昏く、冷たい旅路が、視えていた――


第7話 続く



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