身分は無いけれどモンスターは斬れます
斎藤 正
第1話 斬
走る──森の中を駆け抜け、血の匂いを辿り、ただ走る。
ガサっと木々の葉を揺らして突き抜けた先で、体長が数メートルありそうな赤い肌の怪物。全身に傷がつきながらもその誇り高さを失わない獣の王が如き威風。周囲には戦闘不能になった人間たちと、まだ剣を持って立ち向かおうとする人間たち……それらを見下ろし、ただ怪物として敵を屠ろうとする赤い獣。その獣の視線が俺に向けられた。
「ガァッ──」
「
指を横に動かす。それだけで、獣の首が横にズレ、そのまま地に落ちる。
「なっ!? 何者だっ!?」
「ごちゃごちゃ騒ぐなよ。誰でもいいだろ」
モンスター討伐を生業とする表の連中と馴れ合うつもりなんてない。
自分の身に何が起きたのか知ることもなく死んでいった獣の首を前に、俺は淡々と告げる。邪魔をすれば……今度は自分たちが斬られるかもしれない。そう思わせる様な危うさを俺から感じ取ったのか、冷や汗を流しながらじりじりと下がっていく男たち。しかし、倒れていた奴の1人が立ち上がり、俺を見つめていた。
「お、まえ……ぜ、ゼロ、なのか?」
「よく知ってるな。確かに……俺がゼロだ」
ゼロ──それは、俺が裏社会で生きるために使っている名前。
俺は目を細め、静かに肯定する。それだけで……蜘蛛の子を散らしたように男たちは逃げて行った。逃げていく背中を見つめ……誰もいなくなった森の中で、俺は口を開く。
「なんで逃げられたの?」
俺、人は殺したことないんだけど?
ノルバイン王国──俺が活動する王国の名前だ。
歴史的に見て由緒正しい国だとか、遥か古代に神から祝福されて生まれた国だとか、なんか色々と話はあるらしいが……異世界からやってきた俺には知ったことではない話だ。
ノルバイン王国の王都『バルドナ』の街を歩く。人々の活気で賑わう美しい白亜の街……その表通りではなく、薄暗い裏通りを歩く。ノルバイン王国は治安が悪いわけでもないし、貧富の格差が他の国と比べて特別にあるわけではないが、落ちぶれる奴はどんな場所にいても落ちぶれるものだ。半グレ、ヤクザ擬き、自分を悪い奴と思わせたい馬鹿な子供……王都の裏路地にはそんなつまらない連中が歩いている。しかし、俺が仕事を受けている場所はそこよりも更に下だ。
裏路地の中にひっそりと建っているボロボロの建物。その扉を開けて中に入り……魔力の認証を通り抜けてそのまま地下へと降りていくと、そこには表通りとは別の活気に溢れた地下街が存在している。
そんな裏社会の街を歩き、目的地の酒場の扉を開けて中に入ると、そこには、グラスを片手に昼間から酒を飲む、いけ好かない顔立ちのいい細身の若い男がいる。
「レオニス、例のブツだ」
「……
手に持っていた赤紫色の核を細身の男……レオニスに投げ渡す。
モンスターの体内に生成される魔力の結晶体である魔力核。モンスターを討伐したことの証明や魔法道具の燃料などに使われる。
今回、俺が持って帰って来たモンスターの核は手のひらより少し大きい。通常のモンスターの核が直径5センチ程度なことを考えると……この核はかなりの大きさだ。
「ほぉ……赤紫色とは、珍しいですねぇ……魔力が活性していた証拠です。討伐するのも随分と苦労したのではないですか?」
「いや、全然?」
「なる、ほど……相変わらずのようですね」
魔力核が大きければ、当然ながらその魔力核の持ち主であるモンスターもまた強いということになる。
確かに大きなモンスターではあったし、強そうな感じではあったけれども……俺の魔法が当たれば大きさも強さも関係ない。関係あるのはモンスターが硬いかどうかだけ……この世界の生まれではない俺にとって、モンスターの基準は強そうか弱そうしかない。クラスとかランクとか言われても、俺にはわからないのでなんとも言えん。
「では、いつも通りの報酬ですね」
サラサラと書類に何かを書いていくレオニスだが、しれっと報酬の半分を自分で持っていっている。
「おい、またずいぶんと抜いたな」
「それは申し訳ありませんね。仲介料に換金費用、それに貴方の生活基盤を整えるサポート費も含めると、このくらいは取らないと赤字なので……私としても大変心苦しいのですが」
「しれっと嘘ばっかり言ってんじゃねぇよ。この間と言い訳が違うだろうが」
「ははは……はい、お小遣いですよ」
「おう」
文句は言うが、別に報酬の量を増やして欲しいとは言っていない。嘘を言っているのは本当だが、真実を全く言っていないわけでもない。だから俺もそこまで強く言わないし、向こうだって半分より金を持っていくことを絶対にしない。口約束すらしていないが……互いの中にしっかりと引かれている線引きだ。
「あれが……ゼロ、か?」
「レオニスが相手してるんだし、そうだろ」
「無傷でドラゴンを殺したって聞いたぞ? 本当に人間かよ」
「王国魔法騎士団の師団長を赤子のようにあしらったことがあるとか……」
「実は神の先兵だって噂があるんだぞ?」
ひそひそと俺のことを噂している連中がいる。ここは酒場なんだからそりゃあ目立ちはするんだろうが……なんだよ、あれ。
「なぁ……噂に尾ひれと背びれが付きすぎじゃないか? ドラゴンを殺したことはあるけど、無傷じゃなかったし、師団長と戦ったことなんてないんだが? 神の先兵に至っては意味わからないし」
「有名人は辛いですねぇ」
「それだけで済ませるな。おかげで、最近は表でも俺のことを追っている連中がいるぐらいには迷惑してるんだからな」
「貴方なら問題ないでしょう。そもそも、魔法騎士団だってそこまで暇ではありませんよ」
「ならいいけど……そこそこ世間を騒がせている自覚はあるんだから、雇い主のお前がちょっとは考えろよ」
「私がいつから貴方の飼い主になったんですか」
「雇い主な? 誰が飼い主だ」
表で働けないから裏で働いているだけで、別に俺はレオニスの犬になったつもりなんて全くないからな。
やれやれ……なんで俺はこんな男から仕事を斡旋して貰っているのか……本当に頭が痛くなってくる。
報酬は受け取ったので、酒場から外に出て俺は星空を見上げる。
俺が生まれ育った世界とは星の配置も数も光り方も違うように見えるのは、この世界の宇宙が別の形をしているからなのか……それとも、宇宙そのものが別の物になっているからなのか。
「星かぁ……久しぶりに見た気がするな」
昔はよく見ていたんだがな。
俺──
働いていた時は、夜でも眩しい東京の街の中からよく星空を見上げていた。
大学を卒業して就職したところが世間的にブラック企業と言われる場所で、新人として入った人間たちがどんどんと辞めていく中……俺は無気力な指示待ち人間として、そのブラックな会社に残り続けていた。新卒で入社して2年が経過して、同期が誰もいなくなった会社で……指示待ち人間として、自分から行動しないことをよく馬鹿にされ、理不尽に怒られたものだ。
人間関係なんて小さなものではなく、生きる意味そのものに悩んで俺は生きていた。言われた通りに義務教育を受け、周囲に流された高校、大学と進学して、就職するのが普通だからと就職して、言われた通りにやればいいと言われたから、その通りに仕事だけをこなしていた。そんな人生を歩んでいたから、いつしか自分の中の自分というものがなくなり、ただ言われた通りに物事をこなすだけの機械のような人間ができていた。
なのに……俺は普通に残業していただけなのに、いきなり視界が真っ白になって、気が付いたらこの世界にいた。
『お願いします……この世界を……どうか』
そんな言葉だけ残されて、俺はバルドナの路地裏に放り出された。
誰かが俺に助けを求めたせいでこの世界に放り出されたってのは理解できるんだが……それならしっかりと記憶に留めておける様なことを言い残してくれればよかったのに、残された言葉は世界をどうにかして欲しいと言う言葉だけ。
「……ま、今となってはどうでもいいことか」
星空を見上げていた視線を下に移動させて、路地裏の冷たい石畳を見る。
世界をどうにかして欲しいと言われた俺は、結局裏社会の人間として世界になにか影響を与えるようなこともせず、声の存在から与えられたものかはわからないが、この世界に存在する魔法とは別の、異質な力だけで生きている。
異世界に転移させて世界を救って欲しいのか壊して欲しいのか知らないが、どっちにしろもう少し手厚くサポートしてもらわないとどうしようもないよな。
翌日、俺がいつも通りレオニスのところに依頼を受けに行くと、彼は相変わらず酒を飲みながら、俺に依頼書を手渡してきた。
「……貴族からの依頼か」
「そうです。今回の報酬と同じぐらいですね……金貨で換算すると5枚ぐらいでしょうか」
「貴族らしい値段設定だな。そうすると、今回の俺の手取りは金貨2枚ってところか?」
「そうなりますね。それと、今回は同行者がいるのでくれぐれも迷惑はかけないように?」
「は? 同行者?」
俺と一緒に依頼を受ける人間がいるって言うのか?
自慢ではないが、俺は他者との協調性が著しく欠けている自覚がある。基本的に指示待ち人間で生きていた過去から、指示待ちしていたら生きていけない世界に転移させられたことで、正反対の我儘な人間に変わっちまったのだ。だから、普段から依頼は1人でこなすのが普通になっていたのに……ここでいきなり俺を誰かに組ませるなんて、レオニスらしくない采配だ。
「そう嫌がらないでください。今回の同行者……貴方と気が合うと思いましてね。私からのささやかなご褒美です」
「いらねぇ……余計なことすんな」
しかし、レオニスがそう言っているのなら、少なくとも俺の足を引っ張るような奴ではないだろうな。個人的な信用なんて全くしていないが、仕事をする仲間としては信頼している。だからというわけではないが……レオニスが気が合うと言うのなら……まぁ、そうなのだろう。
「ただし」
「ん?」
「相手、ちょっと面倒な立場の相手なので、くれぐれも失礼がないようにに……あ、貴方には無理でしたね。忘れてください」
「おい、誰が失礼なことしか言えないやつだって? え?」
これでも、現代社会の日本で、上司を相手にヘコヘコと頭を下げるのは上手かった人間だぞ。面倒な立場ってのが具体的にどんな人間なのかは知らないが、いざとなればプライドなんて即座に捨て、土下座しながら靴も舐められるからな。
指定された場所へと向かうと、そこには全身を厚いローブで隠した人間が立っていた。見るからに怪しい風貌だったが、レオニスが言っていた『面倒な立場』の相手なら、こういう格好でも不思議はない。声を掛けようとした──その瞬間、ローブの下から日焼け一つない白い手が伸びてきた。明らかに俺の首を狙っていたので、反射的にその手を掴み、力任せに投げ飛ばす。投げ飛ばされながらも魔法を使いそうな気配を感じたため、地面に触れ、こちらも魔法を発動した。
「
「っ!?」
俺が手をついたところから真っ直ぐに魔力の線が引かれ、その直後に線の通りに石畳が深く斬れる。ローブの不審者はその魔法を見て慌てて直線上から移動して避け……ゆっくりとフードを外した。
「ナンパかと思ったわ。貴方がゼロ?」
「……女、か」
想像していた不審者とは真逆の、女らしい見た目がローブの下から出てきて困惑していた。しかし、目を凝らすと確かに真っ黒なローブには幾何学的な模様が描かれていて……魔導士らしいローブみたいだ。
あっちから仕掛けてきたとはいえ、こっちもいきなり殺意全開の攻撃をしてしまったことを謝罪しながら、彼女の顔を見ると……赤い頭髪の間からするりと天に向かって伸びている黒い角が見えた。
「な、るほど……面倒な立場、ね」
白すぎる肌に黒い角……魔族だ。
「……あー、俺はゼロだ。今回、一緒に依頼を受けることになったらしい」
「聞いているわ。裏社会の昼行燈、レオニスの懐刀でしょう?」
「いつから俺はあいつの懐刀になったんだ」
「違うの?」
「ちげぇよ……あれとはちょっと縁があって組んでいるだけだ」
「そう。私はエリュシア……見ての通り、純血の魔族よ」
裏社会には様々な事情があって表で働けないような人間が多いのは事実なんだが……純血の魔族は初めて見たな。
「よろしく、ゼロ」
花のように可憐な笑みを浮かべるが、その奥に鋭い棘を隠しているような女だ。
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