Episode.8 部隊選択

「どの部隊って……僕が選んでいいものなんですか?」


 リーダーは穏やかな笑みを絶やさないまま、頷いて答えた。


「確かに能力次第では向き不向きがあるだろう。だが、器次第では、他の力を増やすことも出来るんだよ」

「器……って何ですか?」


 次々と新たな情報を追加され、怜也が頸をかしげる。リーダーは怜也にも分かるように丁寧な説明を始めた。


「リミット能力者には元々備わっている能力があるが、そのほかに空の器を持っているんだよ。その数は人によって違うから、まったくない者もいれば、十個以上持っている者もいる。その器は空な状態だから、好きな能力を植え付けることが出来るんだ」

「好きな能力……」

「例えば、彼女。ジョニィは元々『空を飛ぶ』能力を持っていた。それに加えて『銃を扱う』という能力を埋め込むことで、的確な射撃術を披露できる」

「拳銃? 本物ですか?」

「人に使うものじゃない。魔物敵対用だからね」


 それを聞くと胸が高鳴った。怜也は目を輝かせる。


「ぼ、僕も、能力が増やせたりするんでしょうか⁉︎」


 リーダーは目を細めて笑った。


「君はまだ確実に覚醒しきれていないから、はっきりと器の数が決まっていない。今の段階だとなんとも言えないね」

「そ、そうですか……」

「でもこれから君の能力を伸ばしていけば、自然と器の数が見えてくるはずだよ。ちなみに能力を増やすことは可能だが、器の数は増やすことが出来ない。それは生まれつき持っている才能のようなものだからね」


 話を聞き終えると先ほどの興奮はどこへやら、またしても複数の不安が怜也を襲った。もし自分が時を止める能力だけだったとしたら。その能力が開花しなかったら。0.8秒時間を止めて役に立てることがあるのだろうか。

 怜也があまりにも浮かない顔をしていたためか、リーダーが救い船如く言葉を足した。


「でも、君は優秀だと思うよ。だって『自然治癒能力』が高そうだからね」

「……自然治癒?」

「ほら来た!」


 それには怜也以上にダンテが飛びつき、子どものようにはしゃいでいる。


「自然治癒能力って、なんですか?」


 そう言った時、やっと自分の体の状態に気が付いた。折れたはずの歯が、元に戻っていた。切れた唇も、目の上に出来た痣も、きれいさっぱり消えていたのだ。


「元に戻ってる……」

「そう、自然治癒能力はリミット誰もが持ち合わせている、所謂ゼロの能力。器とは関係なくリミットである限り生まれた時から備わっている能力なんだ。だが、その幅は大きい。一般人と同じ程度の治癒能力を持たない者もいれば、ダンテのようにとんだ腕が瞬時にくっつく者もいる」

「すげーだろ」

「とんだ腕……?」


 腕がとぶのか……? 怜也はあえてそれには深追いせず、過去のことに意識を移した。


「で、でも僕……。以前殴られた痣は一ヶ月以上消えなくて……」

「あの時はまだ、ちゃんと君の能力が開花されていなかったからだろうね。君がパソコンで言葉にならない暗号文を僕に送ってくれた時から、能力開花が進んでいるみたいだ」


 言葉にならない暗号文――。高堂がキーボードに彼の頭を打ち付けた時のことだ。


「この調子ならもっと能力の幅が広がるかもしれない。楽しみだな」

「この僕に、そんな力があるなんて……!」

「じゃあいいな! お前はこの第五部隊に入ることを許可してやる!」

「え? ぼ、僕まだ何も……」

「なんだ嫌なのかよ」

「嫌と言うか!」


 ダンテが容赦なく押し迫ってくるのを、リーダーが優しく制した。


「ダンテ。一人でも仲間を増やしておきたいという気持ちは分かるが、不用意に第五部隊に誘うもんじゃないよ。この組織は一番危険と隣り合わせなんだ」

「すんません」


 半ば強制的に入隊させられるところであったが、さすがにそこまでは強要できないらしい。ダンテは名残惜しそうに半歩後ろへと下がって行った。


「では――坂下怜也くん」

「っ! はい!」


 改めて名前を呼ばれ、怜也は背筋を正す。


「部隊を選ぶ前に一つ情報を付け加えさせて欲しい。先ほども言ったが、この第五部隊は人間を襲うパラドックスと直接戦わなければならない。それによって大けがもするし、腕の一本や二本、簡単に吹っ飛ばされるよ。だからこそ治癒能力が極めて高いことは必須条件になるんだ。相手からとどめを刺される前に再生しておかなければ、死を逃れることは出来ない。能力のハードル、最も死に近い任務形態、それ故に第五部隊はこの二人だけなんだよ」

「……」

「我々は命がけで『見ず知らずの人のために』戦うんだ。無条件に人を救うため己の身を差し出すことの出来る者だけが、この部隊には属するべきだと、僕は思う」


 リーダーの説明に、やはりこの男が口をはさむ。


「おいおい、リーダー。そんなこと言ったら、また他の部隊に取られちまうじゃねえか」

「無駄死にさせたくないだけだよ。彼も立派な能力者だからね」


 なんと悍ましい組織だろうか。怜也は一瞬表情を曇らせたが、リーダーの隣に居座り続けるジョニィを見て心が揺らいだ。

 ――僕を、無条件で助けてくれた人。

 今の時点では何の役にも立ちそうにない、小さな自分の手のひらを見下ろす。

 地上に戻ればまた今までの生活が続くだけだ。第二部隊に所属すればクラスメイトにも、親にも会わずに一生過ごすことが出来る。でも、本当にそれが僕の望んでいることなのか……?僕が本当にしたいことは逃げて生きていくことじゃないはずだ――。


「僕は……」


 怜也は一息つくと、はっきりと言い直した。


「――僕は、第五部隊に入りたいです!」


 リーダーは真っ直ぐ怜也を見つめる。真意を迫るような目に瞳を震わせながらも、怜也は目を逸らすことはなかった。直後、その目は細められ優しい笑みに変わる。


「いいでしょう。くれぐれも、無理はしないように。それじゃ、後は任せたよ」


 リーダーはそう言うと、風を切って部屋から出ていこうとした。その背中にジョニィは駆け寄り、子猫のような声で呼びかける。


「リーダー」


 ジョニィは撫でられることを求めるように頭を差し出す。リーダーはくるりと振り返ると、先ほど同様にその頭をなでてやった。


「またね、ジョニィちゃん」

「はい」


 安心しきった彼女の顔は、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。リーダーはジョニィから手を離すと再び歩き出し、壊れた扉を軽々しく片手で閉じて出ていったのだった。

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