第8話
高橋は少し驚いた様子だったが、すぐに「いいですよ」と言った。そして麻衣子のことを見、「山口さんもいかがですか?」と誘ってきた。
宇多川の顔は少し引きつった。二人だけでランチにいきたかったのだろう。だが、高橋に合わせて、ニコリと笑いながら「そうだ、山口さんも一緒にどうですか」と社交辞令の定型文を投げかけた。麻衣子は高橋の優しさの手前、「はい、それでは三人で」とキャッチしてやった。
高橋がいなくなった後、宇多川は麻衣子の耳元でそっと言った。
「山口さん、お願いだからランチ、キャンセルしてくれませんか? 二人で行きたいので……お願いします!」
ギラついたハイエナ女! 罵るような汚い言葉を吐いてやりたくなった。しかし、宇多川と比べた時の自分の
その夜はひどく落ち込んだ。高橋と自分が不釣り合いなのは知っている。だが宇多川に高橋が奪われてしまうのは耐えられない。でも……思いは激しく揺れるシーソーのように、麻衣子の精神のバランスも崩していく。すると「寿様」の購入通知が来た。麻衣子はいい気晴らしになると思い、早速アプリを開くと、そこにはこう書かれていた。
「会社でどうにかして欲しい人がいるので、ご対応をお願いしたいと思い購入しました。よろしくお願いします」
自分と同じように悩んでいる人がいる、と思いながら、「具体的なことを教えてください」とメッセージを返した。返事は五分後にやってきた。
「総務部の女社員です。年齢は二十五〜三十二くらいだと思います。派手でギラついてる感じが、下品なんです」
宇多川のことを一瞬思い出したが、やり慣れた業務的に「その方の情報を教えてください」と返した。返事はすぐにやってきた。
「名前は宇多川リカと言います」
麻衣子は画面を見、心臓が止まりそうになった。まさか自分の知り合いに対しての依頼が来るなんて、しかも宇多川に対するものが来るなんて……信じられなかったが、なぜだかなんとなく興味も芽生えていた。この依頼主は宇多川の何を知って、依頼をしてきているのだろう? また業務的に理由を聞いてみると、こんな返事がやってきた。
「自分なら誰でも落とせると思ってるみたいで。僕のことを最近狙ってるみたいなんです。彼女、最近異動してきたんですが、理由が『上司との不倫』らしいです。元グラビアアイドルらしいですが、その時もこういうことしていたみたいです」
麻衣子は愕然とした。宇多川の噂がそんなに広がっているなんて思っても見なかったのである。しかも麻衣子が知るよりも遥かに具体的だ——しかし、これは真実なのか噂なのか、麻衣子に確認する術はひとつもない。頭の中は高速でボレロが流れ始めていたが、指は落ち着き、改めて具体的にどうして欲しいのかを尋ねてみた。
「顔も見たくないので、しばらく会社に来ないようにさせて欲しいです」
「殺したい」と言われなかったことに、麻衣子は少しだけホッとした。しばらく会社に来ないくらいなら上手い範囲でやれるのじゃないかと、いつものように引き受けた。
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