第10話 意外な特技は秘密で


 朝の廊下を教室に向かって歩いていると、いきなりトワが大きく息を吐き出した。

 

「はあ~、よかった」

「ん? どしたの天使くん?」

「ああいうギャルは、苦手だ。未知の生き物」

「そうなの!?」


 物怖じしないように見えるトワの弱点を、ようやくひとつ見つけた気分になる。

 ちなみに僕もギャルは苦手だ。あとグリーンピースと青しそと、生ぬるい牛乳、それから灼熱の夏。

 

「ああ。実は委員長のことも苦手だ。気が強い女子は怖い」


 姫川さんは、小さい頃からしっかりしている。それこそ、物心ついた時から。

 僕はいつもぐずぐずしていて、イラつかせてたなと過去を振り返る。近所だから、幼稚園から小中高と同じ。僕は嬉しいけれど、向こうは嫌だろうと思って、周囲には言っていない。

 

「怖くて悪かったわね」


 噂をすれば、は本当だ。姫川さんに突然後ろから話しかけられて、びょん! とトワが飛び上がった。

 心臓大丈夫かな!? と咄嗟に様子を見てみたけれど、本人は苦笑いしているだけで、ホッとする。

 これは僕がちゃんとフォローしなくちゃと、ボクらを追い越した姫川さんの背中に向かって、声をかけた。

 

「姫川さん、しっかりしてるって意味だよ?」

「フォローいらない。それより」

「それより?」


 姫川さんは振り返って立ち止まると、何か言いたげに僕とトワを交互に見る。振り返った時にすごく良い匂いがして、相変わらず髪は綺麗だし黒目がちの目は素敵だしで、僕の心臓はずっとドキドキしっぱなしだ。


「大丈夫なの?」

「大丈夫って、なにが?」


 鈍感な僕は、姫川さんが何を言いたいのか察することができなかった。

  

「……大丈夫なら、いい」


 姫川さんは諦めたのか、黒くて長い髪を揺らしながら颯爽さっそうと去っていく。


「ほら、やっぱり怖い」


 トワが溜息を吐いているけれど、僕は姫川さんのことを怖いと思ったことがない。どちらかというと、面倒見が良すぎて心配だ。三歳からずっと良い子って疲れないかな? と思っている。


「怖くないよ? ちゃんと話してみなよ」

「……ぬぬ。そうか」

「ぬぬて。武士なの?」

「そうではござらんよ」

「結構ノリ良いよね、天使くんって」

「ユキもだろ」


 笑いながら教室に入ったら、三ツ矢に睨まれた。

 僕にとっては、こっちの方がよっぽど怖い。


   †


 放課後、文化祭委員会へ移動しようかというタイミングで、白崎さんが急に背後から話しかけてきた。

 

「ねえユキ。アカおしえて」

「んあ!?」


 今度は僕がびょん! と飛び上がってしまった。椅子に座っていたままだったから、膝が机に当たってガタタと音がする。


「あは! どんだけ飛ぶ気? ウケる」

「いや飛べませんよ」

「なんで敬語なのよ」

「いやいや怖いんで」

「何が怖いの?」

 

 僕の目線はちろりと後ろの三ツ矢に移る。恨みと怨念とやんのかごら? を無言で僕の頬に刺してきている。喋らなくても分かる。てか、喋らないでくださいお願いします。

 

「おいリンカ。なんでこいつの聞くんだよ」

「必要だから。てか呼び捨てやめろし」

「俺のは」

「あー……」


 あからさまに白崎さんからめんどくさいオーラが出始めたのを察知した僕は、脳みそをフル回転させた。

 穏便にかつ誰も損しないような提案をするのは、割と得意だ。

 

「あーっといやーそのー、あ! クラスグループって作るのどう!?」


 グループなら、個人的にアカウントを教えたような教えていないような微妙な状況で、色々誤魔化せるはずだ。

 僕的には、ナイスパスだと思う。


「っ。俺が作る」

 

 どうやら三ツ矢のお気に召したようで、僕はホッとする。

 早速その日の委員会の後で、『二の三 北高祭グル』というグループが、僕のSNSアプリの中に加わった。

 帰宅後、スマホの通知がすごくて面食らってしまった。メンバーは、三ツ矢と白崎さん、トワと僕、それから姫川さんだけだったはずなのに、いつの間にかクラスの面々がどかどか加わったらしい。こんなことは今までになかった。

 ポンポン並んでいく挨拶スタンプに、僕は不思議な気持ちになる。このアプリを家族との連絡以外で使うことになるとは、思わなかったからだ。


 リンカ>>『フォローありがと。あいつめんどくさい』

 ユキ>>『どういたしまして』

 

 うん、絶対誤爆だけはやめてくださいよね、お願いしますの気持ちだ。

 どうやら白崎さんは、自称ブラコンらしい。

 僕がお兄さんを褒めたのが、とても嬉しかったそうだ。

 

 リンカ>>『お兄、大事に乗ってる子だからサービスしてるって言ってた』

 ユキ>>『これからもお願いしますとお伝えください(ゆきだるまがお辞儀しているスタンプ、ありがとうの文字入り)』

 リンカ>>『なんで敬語(猫が枕を抱っこしているスタンプ、おやすみの文字入り)』


 僕がギャルとSNSで話をする未来も、まったく予想していなかった。


 アヤメ>>『私、そんなに怖い?』


 幼馴染とも。


 ユキ>>『怖くないよ』

 アヤメ>>『フォローいらない』

 ユキ>>『姫川さんはしっかりしてるから、誤解されやすいだけだよ。ちゃんと話してみなよって天使くんには言ったよ』

 アヤメ>>『そ』

 

『そ』だけ送るって、と思っていたら、だいぶ時間が空いた後で、また姫川さんからメッセージが来た。


 アヤメ>>『相談したいこと、あるの』

 ユキ>>『(ゆきだるまがハイ! と手を上げているスタンプ)』

 アヤメ>>『明日の昼休み、美術室でもいい?』

 ユキ>>『(ゆきだるまがOK! と笑顔のスタンプ)』


 なんだろうと思いつつ、なんだか深刻に受け止めてはいけない気がして、スタンプだけ送っておいた。

 

 翌日の昼休みの美術室。

 廊下はガヤガヤしているけれど、少し埃っぽい室内は僕と姫川さんだけで、静かだ。


「えーっと、相談て?」

「……ユキくんが、覚えてるか分からないんだけど、ね……」


 ドキン、と心臓が鳴った。

 もう呼ばれなくなった幼馴染の呼び方を、久しぶりにされたから。一気に色々な思い出が頭の中を駆け巡る。意外と忘れていないものだ。


「うん? なんだろう?」

「……私の、特技、……」

「あ! 覚えてる。覚えてるよ! あーちゃん、いっぱい賞もらってたもんね」


 思い出したから、僕も中学ぐらいにやめてしまった呼び方をあえてしてみると、姫川さんは口角をゆるめた。

 

 姫川さんは絵を描くのがとても上手で、小学生のころから絵画コンクールでいつも金賞や銀賞をもらっていた。この高校には残念ながら美術部がない。部員不足で廃部になって、美術室は授業でしか使われていないのだ。

 

「それでね、えっと……ほら文化祭ってポスターコンクールあるじゃない」

「あるある。入賞したポスターを、いろんな場所に貼るんだよね」

「うん。応募したいなって思ってて」

「いいじゃん!!」


 僕が全力で頷いたら、姫川さんは安心したような顔をする。いつも上がっている眉尻が、今はへにゃりと下がっている。


(気が強い女の子がいきなり弱気を見せるのは、心臓に悪いです姫川さん。すごく可愛いです……)

 

「それでね、デザインとかいくつか考えたんだけど、客観視できなくて。締め切りも近いし、誰かの意見を聞きたいなって思ったの」


 ぽうっと姫川さんに見惚れていた僕は、慌てて我に返る。

 

「うんと、それって、僕が見てもいいやつ?」

「ダメなら相談しないよ」

「喜んで。でも僕、あんまり絵とか詳しくないよ?」

「いいの。ぱっと見て、感覚で言ってくれたらそれでいい」

「わかった」

「よかった。んじゃ画像あとで送るね」

「うん。僕の意見でよければ、送るよ」

「お願い。あと、誰にも秘密にしてくれない?」


 懇願するような顔で姫川さんが僕を見る。

 だから僕には、とある疑問が浮かぶ。

 

「……うん、わかった」


 姫川さんには、友達がたくさんいるはずだ。なのになぜわざわざ僕に相談をしたのだろう。

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