注文の多い料理店バトル
よるめく
第1話
「ワールド注文の多い料理店カップ、決勝戦――――――ッ!!」
ドッパーン! 派手な花火と噴水の演出が、巨大な会場を彩った。
湧き上がる歓声。会場に詰め掛けた延べ80億人の注文の多い料理店バトル観戦ファンが、天を鳴動させていた。
フードコート7000個分の広さを誇る敷地のど真ん中に立ち、司会はマイクに向かって叫ぶ。
「皆様、お待たせいたしました! 3650日における予選を経て、ついに最強を決める戦いが、今ここに始まります! 料理店で最大の注文を誇るふたりが、雌雄を決する時が来た! それでは、選手入場です!」
スタジアムの電気が消され、歓声がコップに注がれて数秒経ったコーラのしゅわしゅわのように引いていく。完全な沈黙に包まれた次の瞬間、スタジアムの中央にふたつのスモークが吹き上がった。
入場曲とともに現れたのは―――ラーメン屋と回転寿司だ! 向かい合わせになった店舗の前には、仁王立ちをする男たちがひとりずつ!
「青コーナー! 注文の多い料理店バトル、110連覇をかけたチャンピオン! 無敵の回転寿司使い、トドオカ―――ッ!
対するは赤コーナー! ルーキーは、死闘を潜って猛者となる! 否、もはやチャンプに挑む達人級! ラーメン使いのぴのこだ―――ッ!」
大歓声がふたりをグルリと取り囲む。
しかしトドオカは、世界にふたりだけしかいないかのような態度で首を鳴らした。
「よぉここまで来たやないか、ぴのこ! まさかここまでやるとは思わなかったで。ひとまず褒めといたるわ」
「光栄っすね、トドオカさん。けど言ったはずですよ……ラーメンでだけは負けられねえって!」
「そうか? せやけどすまんな。お前はワイが張り倒してしまうからや!」
トドオカの言葉は当然観客席にも届いている。王者の気風を後押しするが如き歓声に、ぴのこは腕組みしながらも僅かに背中を丸くした。
ぴのこは思った。さすがトドオカさんだ。数多の挑戦者を寿司のようにむさぼり食ってきたその態度はまさに百戦錬磨。
けど、俺だって―――自分の麺に嘘は吐けねえ!
「大口叩いてていんですか、トドオカさん! 俺に負けた後ネットで炎上しても知りませんよ!」
チャレンジャーの鋭い返しが、観客たちをさらにヒートアップさせる。
マイクバトルの隙に実況席に移動していた司会が進行させた。
「互いに鋭い舌鋒です! 心理戦は五分といったところでしょうか。解説のがらどんどんさん、如何思われますか」
「そうですね、私はぴのこさん贔屓ですが、どっちが勝っても問題ないと思ってます。ぴのこさんが負けたら昔ながらのラーメンネタで燃やすだけなので」
「チャレンジャーに厳しい激励がかかっております。さて、それではバトルが始まります。勝つのは110連覇の王者か、それともその経歴に味噌を塗るチャレンジャーか! 今、開幕です!」
戦いの合図が放たれる。ふたりの背後で店の自動ドアが開き、号令を鳴らした。
『いらっしゃいませー』
カッ! ふたりは同時に眼光を光らせ、互いにスマホを取り出した!
残像が見えるほどの速度のタイピング! 恐ろしい速度で注文が書き込まれていく。そして十秒と経たぬうちにトドオカの回転寿司屋から無数の回転寿司が放たれた!
「先に仕掛けたのはトドオカだーッ! あらゆる
「これが今期最強、寿司アグロ。瞬間的に放出される大量の寿司はあらゆる注文を凌駕する。まさに大衆向け飲食店の本領発揮といったところでしょうか」
実況席からの言葉が終わるとともに、ぴのこに回転寿司が襲い掛かった! ぴのこの頬に冷や汗が流れる。だが注文する手を止めてはならない!
「来てくれ……! 俺のラーメン!」
「へいお待ち!」
ラーメン屋からUFOが―――いや回転どんぶりが飛び出してきた!
それは当然ながらぴのこの注文したラーメンだ! 大きなどんぶりが高速回転しながら襲い来る寿司を弾き飛ばし、ぴのこをガードする!
「おーっと! 速攻で決まるかと思ったこの勝負、ギリギリでぴのこが耐え抜いたーッ!」
「ラーメンコントロールは遅い代わりにハイカロリーですからね。ですがこれでは足りません。寿司アグロが最強と呼ばれた理由はその手数。ラーメン一杯で防げるのなら、ラーメンにTierを奪われています」
がらどんどんの言葉通りに、ラーメンは徐々に押され始めていた。
機関銃の如き寿司の猛攻。その火力は一杯のラーメンに凌ぎきれるものではない。
だが、ぴのこもそれは百も承知だ! 寿司アグロをメタるために組んだ注文デッキが本領を発揮する時!
「いでよチャーハン、冷や麦、餃子! 中華ストリームアタックを仕掛けるぞ!」
「へいお待ちィ!」
砕け散ったラーメンに変わり、三つの皿が寿司を迎撃しにかかる。否、それだけではない。一歩出遅れたぴのこの注文が通りつつある! 大量のサイドメニューが遅刻ヒーロー軍団のごとく次々姿を現し、寿司ラッシュを押し返し始めたのだ!
トドオカは注文ボタンを連打しながら感嘆した。
「やるやないか、ぴのこ。さすがにここまで来るだけのことはある。せやけどな、甘いで……プリンにグラニュー糖まぶしてはちみつ5リットルかけたぐらい甘いで!」
トドオカの指が加速する! 秒速500回の寿司連打が寿司の勢いをさらに強めた。一時は寿司ラッシュを押し返しかけたぴのこのサイドメニュー軍が押され始める!
「餃子? チャーハン? 確かに美味いな。せやけどそれは所詮サイドメニューや! 寿司はそれ自体がメインメニュー! 手数とウマさ、カロリー、満足度すべてを好きなだけ出すことができる無敵のメシや! サイドメニューをいくら出したところで敵わんで! ラーメンは二度も出させへん!」
『エェェェェェェるるるるぁっしぇエエエエエエエエエエエエエエ!!』
巻き舌気味の気合コールが回転寿司の中から響く! 強まる寿司、寿司、寿司の連撃! プリンにポテト、時々唐揚げ! ラーメンには及ばないカロリーをサイドメニューで補いながら、寿司の攻勢がさらに強まる!
ぴのこはコシのなくなっていく指先に強いて注文を繰り返す! 二杯目、三杯目のラーメンが繰り出されるも、ギリギリ守るので精いっぱいだ!
「ぐ……っ! ぐぐぐぐぐぐ……っ!」
「ほれほれ、まだ行くで! 鉄砲汁と青さ汁と茶碗蒸しも追加や!」
寿司の軍勢に汁ものの加勢! 汁ものバフが乗ったことで、ラーメンの優位が削られていく! ラーメン一杯に寿司500枚と味噌汁が組み合わさってオーバーキルだ! 砕けるどんぶり!
「れ、劣勢! ぴのこ、明らかな劣勢です! ラーメン特有の防御力でなんとかしのいでおりますが……!」
「寿司アグロの強みがここに出てますね。アグロとついておりますが、その実寿司アグロはミッドレンジ・コントロールも可能なオールラウンダーです。速攻から中・長期の戦いも視野に入れられるからこそのTier寿司なわけで。これは……決まりましたかね……本来なら逐一投入できるはずのラーメンも出す暇がないようで寿司……」
「まだだっ! まだまだだぁぁぁぁぁッ!」
ぴのこは吠えた。そしてスマホをさらに叩いた。
此処までの道のりは本当に長かった。一杯2000円するラーメンを食べたりしたし、数多のライバルをラーメンの錆にしてきた。注文の多い料理店ニスト、ラーメン屋、そしてフォロワーの想いを背負ってここに立っているのだ。
負けるわけには―――いかねえ!
「見せてやる……ここまで隠し通した必殺の……ラーメンコンボOTKをなぁぁ!」
ぴのこは『まとめて注文ボタン』をタップした。
そして一条の光が寿司の軍勢に食い込んだ。
ラーメンである!
「ようやく出してきおったか、大型のラーメンを! せやけでもう手遅れや!」
「それはどうかな!」
「ん……?」
クラアアアアアアアアアアアアッシュ! 寿司の皿の悲鳴が連続して響き渡った。
トドオカは僅かに顔を上げ、戦況を見る。ラーメン屋の奥から―――大量のラーメンが押し寄せてきている!
「行けぇぇぇッ! 次郎・家系、すべてを込めたデラックスハイカロリーラーメンメテオだァァァァァッ!」
大量のトッピングを乗せた大量のラーメンが寿司を一騎当千していく!
シャリもネタもサイドメニューも、圧倒的なボリュームの前に為す術がない!
ラーメンの劣勢は一気に傾き、均衡へともつれ込む!
「こ、こ、これはぁぁぁっ!? 制作コストの重いラーメンが大量に! がらどんどんさん、これは一体何が起こっているのでしょうか!」
「ラーメンを知り尽くしたぴのこさんだからこそ出来る芸当だと思います。ラーメンの投下を最低限に抑え込み、サイドメニューでその場を凌ぎながら切り札級ラーメンを一気に戦場へ流し込む……非常に高度な注文です。本命を溜めに溜めながら、尖兵をアグロに間に合うように出さねばならないのですから」
「せやったか……」
トドオカは徐々に押し返してくるラーメンを睨みながらも指を止めない。
巨大ラーメンは陣形を組み、寿司一匹通さない壁となっている。まさにラーメンファランクス。こんなものを喰らえば最後、トドオカはスープの海に沈むだろう。
「せやけどな、ぴのこ! それぐらいはワイも読んどるわ!」
トドオカの注文! とめどない寿司の奔流に乗ってやってきたのは、ラーメンだ!
「おーっと!? トドオカもラーメンだぁぁぁっ!」
「回転寿司のメニューの広さを活かしてきましたね。決勝戦に向けてラーメンメタをきっちり組んできたということでしょう。同属性の料理で相手の必殺飯を相殺する……トドオカさんらしい見事な戦術です」
「どうや、ぴのこ! ワイがお前を侮るわけないやろがい! お前はどうや! これ以上のラーメンを、お前は出せるか!?」
「トドオカさん……」
ぴのこは微かに
その意味をトドオカが問うより早く、ラーメン同士がぶつかりあった。
そして儚く砕け散る。回転寿司のラーメンが!
トドオカの指が凍り付いた。
「なん……やと……!?」
「トドオカさん、言ってましたよね。サイドメニューをいくら出したところで、メインメニューには敵わないって。寿司屋のメインはあくまで寿司だ。ラーメンじゃあないッ!!」
ぴのこの咆哮とともにラーメンファランクスが加速する! それらはもはや、もやしとチャーシューの山を乗せたデコトラ軍団! 寿司の戦線が崩壊していく!
トドオカはそこで我に返った。ぶったまげている場合ではない! 注文しなくては! だが、何を……!
迷いが注文の遅延を生み出し、遅延は戦線の崩壊を生む。トドオカが慌てて寿司ラッシュをリストアップした時にはもう、手遅れだった。
ラーメンが、すぐ目の前に!
「終わりだ、トドオカさぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!」
「ぬ、ぐ、ぐ……ぐおぉあああああああああああああああああああッ!」
BOOOOOOOOOOOOOOOOM! 回転寿司屋が爆発し、崩壊していく。
燃えながら崩れ落ちる店舗の中に、弾き飛ばされたトドオカが仰臥した時。一瞬静まり返った客席が、噴きこぼれたラーメン鍋のように湧いた。
「決まったァ―――ッ! 勝者、ラーメンコントロールのぴのこ―――!」
「チッ……あ、いや、おめでとうございます! ぴのこさん、信じてましたよ!」
ぴーのーこ! ぴーのーこ! 夜空を揺さぶるぴのコールに手を振りながら、ぴのこはトドオカに近づいた。
仰向けになったトドオカは、涙を流していた。
「負けてもうたか……110連覇を前にして。勝てると思っとったんやがな……」
「勝てると思っていた? 違う、
「
トドオカは頭を持ち上げる。ぴのこは深く頷いた。
「回転寿司アグロなんて使ってるから、トドオカさんは大切なことを忘れていたんだ。わかっていながら、自分で発現しておきながら、回転寿司を過信した。そうでなきゃ、あのタイミングで俺にラーメンなんて撃って来なかった。もっと早くに出して、決着をつけていた。そうだろ」
ぴのこは手を差し伸べる。ラー油で赤くなった手を。
「やり直そう、トドオカさん。Tier寿司はもう死んだんだ。これからまた新しいメシを開拓しよう。そしてまた……注文の多い料理店ニストとして、戦おう」
「……せやな」
トドオカはぴのこの手を取って立ち上がると、そのままぴのこの手を高く掲げた。
チャンピオンから新チャンピオンへ送る最大の賞賛に、観客席は興奮のあまり過呼吸になったマグロの死体で溢れかえった。
こうして、今期のワールド・注文の多い料理店カップは幕を閉じる。
次に幕が開いた時、最後の大舞台に誰と誰が立っているのか。それはまだ、誰にもわからない。
伝票
注文の多い料理店バトル よるめく @Yorumeku
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