第7話:芽生える想い

 収穫祭の熱気が冷めやらぬ数日後の夜。俺とエリスは、いつものように村はずれの丘で訓練に励んでいた。月明かりが、俺たちの姿をぼんやりと照らし出している。


「はあっ!」


 俺の木刀と、エリスが風の魔法で作り出した刃が、激しく火花を散らす。以前よりも格段に洗練された彼女の動きに、俺は舌を巻いた。


「やるじゃないか。少しはマシになったな」


「あなたこそ。その無駄な力みが、ようやく取れてきたんじゃない?」


 軽口を叩き合うが、互いの実力が向上していることは、肌で感じていた。

 訓練を終え、二人で丘の上に腰を下ろす。眼下には、家々の窓から漏れる温かい光が、星のように瞬いていた。


「……平和ね」


 ぽつりと、エリスが呟いた。その横顔は、いつもより少し大人びて見える。


「そうだな」


「私の故郷は、こんなに静かな夜はなかったわ。いつもどこかで、戦の音が聞こえていたから」


 彼女の故郷、エルミレア大陸。それは、今も紛争が絶えない場所だという。


「私の両親は、戦争で死んだの」


 エリスは、膝を抱えながら、静かに語り始めた。


「父は、嵐将級の騎士だった。とても強くて、優しい人だったわ。母は、そんな父をいつも笑顔で支えていた。二人は、私の自慢だった」


 彼女の声は、震えていた。


「でも、国を守るために戦って……父は帰ってこなかった。母も、その戦いに巻き込まれて……私、たった一人になっちゃった」


 エリスの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。強気な彼女が見せる、初めての涙だった。

 俺は何も言えず、ただ彼女の隣に座っていた。どんな言葉をかければいいのか、分からなかった。


「だから、私は強くなりたいの。もう誰も失わないために。父さんや母さんみたいに、誰かを守れるくらい、強く……。そして、いつか、精霊王様みたいに、世界中を平和にできるくらい、強くなりたい」


 精霊王。それは、エルミレア大陸に住まうエルフ族の頂点に立つ存在。嵐神級の称号を持つ、最強の精霊魔法の使い手だ。彼女の憧れであり、目標。


 そのあまりに大きな夢と、彼女が背負う悲しみの深さに、俺は胸を締め付けられるような思いだった。


「……お前なら、なれるさ」


 気づけば、俺はエリスの頭をそっと撫でていた。


「え……?」


「お前は強い。俺が保証する」


「……ノエル」


「だから、俺も強くなる。お前が、そんな途方もない夢を追いかけるっていうなら、せめて、その隣で、お前のことくらいは守れるように。……いや、お前と一緒に、戦えるように、強くなる」


 傭兵だった頃の俺なら、絶対に口にしなかっただろう言葉。誰かを守るなんて、偽善だと思っていた。だが、今、目の前で泣いているこの少女を、俺は守りたいと、心の底から思った。


 エリスは驚いたように顔を上げ、そして、はにかむように笑った。涙で濡れたその笑顔は、どんな宝石よりも綺麗だと思った。

 その笑顔を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。


 この感情が何なのか、まだ俺には分からなかった。

 ただ、この少女の隣に居続けたい。そう強く思った。

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