第6話 依頼
新メニューのお試しを始めて数日が経過した。私の予想に反して洋ナシのタルトが一番評判が良さそうだ。こちらの人たちにとって「竜の実」は食べなれたというか、ちょっとした贅沢品扱いだったようで、あの味が好意的に受け止められている。
意外にも人気であるためにレギュラーメニューにすべきか悩んでいるわけなのだが、ふと「旬について聞いていなかったな」と思い出した。
あの店主のおじさんに確認するのが一番なのだが、竜の実がこの辺りで馴染みのある物であるようだし、年配の方に聞けばわかるかもしれない。
そう思いながら客席の方に移動しようとしていると、カランカランとドアベルが鳴り誰かが店内に入ってくる姿が見えた。
「いらっしゃいませ」
いつもの様に来店時の挨拶をすると、身なりの整った落ち着いた雰囲気の中年男性は静かにドアを閉めるとそのままカウンターへと近づいてきた。
「いらっしゃいませ」
カウンター前でバルドラも同じように告げる。
「バルドラ様お久しぶりでございます」
会釈し、そう口を開いた男性は、一呼吸置くと続きである今回の要件を語り始めた。
「本日はサラ様に主人よりの伝言を言付かっております。差し支えなければこれからお時間をいただきたいのですが、いかがでしょうか?」
店を訪れた男性は、先ごろちょっとした縁のできたクリスタイン家執事のである『ジェフリー』さんだ。
ジェフリーさんからの言葉にバルドラは、こちらに視線を向け「構わないか?」といった視線を投げかけてくる。
丁度手が空いているし問題がないため、それにたいして頷きで返す。
「奥にご案内します」
そう告げたバルドラは、ジェフリーさんを伴って奥の個室へと歩いて行った。
この間に、私のやることは作業引継ぎの準備。
といっても、現時点ではバルドラでなく私ではないと出来ない作業はほとんどない。サンドイッチで使うマヨネーズであったり、素材の浄化くらいだ。なので事前にそれらの作業を終えておく。
呼びに来たバルドラと交代して個室へ入ると、まずは用意してきた紅茶をジェフリーさんへと配膳する。普段執事として活動しているジェフリーさん相手に行うのは緊張するが、ここは格式高い店ではないため見逃していただきたい。
「サラ様自らとは、申し訳ありません。ありがとうございます」
ジェフリーさんから見て私は主家の恩人であるため、治療行為に対する相応の報酬を受け取っている後だというのに恭しい。バルドラとはまた一段違ったやりにくさというか、申し訳なさを感じる。
「いえいえ。お気になさらずに。当店ではこれが普通のことですので」
そう言いながら、対面の席へと腰かける。
「お店の客として訪れたわけではございませんのに……。帰り際、主人への土産としまして焼き菓子をいくつか持ち帰らせていただきますので、後ほどよろしくお願いしたします」
ジェフリーさんから「代わりにお土産でお金を落としていきますね」という内容を告げられる。こういった大人のやり取りを終え、さて本題。
今回ジェフリーさんが持ってきた伝言の内容であるが、やはりというか新たな治療の依頼であった。今回の対象者は、先日治療したクリスタイン家バークス様のご友人で、費用はクリスタイン家で負担するとのこと。
掲示された金額は、さすがにバークス様を助けた時の報酬であるこの土地と建物ほどではないが十分なもの。なぜ息子の友人だからといってこれほどの金額をクリスタイン家が払うのか謎ではあるのだが、この土地と建物を受け取った際にある程度こういった理解の及ばない依頼もあると想定はしていたので、黙って受けることにする。
「お受けいただきありがとうございます」
この後ジェフリーさんが戻り次第準備を始め、対象者を数日かけてこの町の代官が住まう屋敷へとお連れする予定とのこと。到着次第この店に連絡があるらしいので、私はそれを受けて向かえばいいようだ。
約束通り帰る際に焼き菓子をいくつか購入したジェフリーさんは、外で待たせていた人たちと共に馬車で帰っていった。
さて、当日はカフェを休みにする必要がありそう。
そういったことも含めてバルドラに今回の依頼内容を伝えると、渋い顔をされた。私が悪いわけじゃないのに、そんな顔をされると少し嫌な気持ちになる。これは私が政治利用されるのではないかという懸念からの表情というのはわかっているので、不満を言い出すわけにもいかず、なんだかモヤモヤする。
こういった時はこのスキルを授けてくれた神に文句を言いたくなるのだが「もしかすると私にとっては面識のない神様よりもバルドラに文句を伝える方が大変かも」と考えると、少し面白くなってしまい胸の中にわいていたモヤモヤは薄れていった。
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