第4話 服を買いに行ったら、ナンパされた件
僕には今、重大な問題が起こっている。
さっきまでフリーゼのことを抱きしめたけど、ずっと裸だったんだよねー。
誰かに見られたら、絶対に御用になってたよ!?
至急欲しいです。
今の体に合う服。
「くしょん!」
あー。
今は5月だから、裸だとちょっと肌寒いかも。
とりあえず、適当なマントでも羽織っておこう。
なんだか裸の王様の気分。
「えっと、フリーゼ、おつかいできる?」
「……むり」
「ですよねー」
フリーゼは、自分で買い物に行かないからなぁ。
あるとしたら、魔法関連だけ。
フリーゼは周囲から、孤高の天才で僕以外には懐かない、プライドの高いドラゴンみたいに思われていたりする。
でも、実際は違う。
基本的に人と話すのは苦手だし、人見知りだし、コミュ障だし……だから、ひとりでチーパオ商会なんかに行ったら、いいカモだし。
特にあそこにはイーリャンがいるからなぁ。今はいらない魔法関係のいろいろをつかまされるに決まっている。
まあ、そういう小動物みたいなところがかわいいんだけど。
「でも、がんばる……がんばる……」
これ、明らかに無茶してる「がんばる」だ。
まだ不安が残ってるのかな。
僕がフリーゼを見捨てるわけないのに。
「じゃあ、一緒にチーパオ商会に行ってくれない?」
「いっしょに?」
「うん。一緒にお買い物」
「でも、わたしが行く必要ある?」
ちゃんとあるんだなー、これが。
「このアンファンスってあんまり大きくないでしょ。みんな顔見知り。そんな場所で、誰も知らない女が歩いていたら、あら大変。すぐにつかまっちゃうかも。だから、フリーゼが横にいて、守ってほしいの」
しかも、まともな服を着ていなくて、マント1枚しか身に着けていない女だからなー。
最悪、不審者として処刑されるかもしれない!
そんなバッドエンドはイヤすぎる……。
「……わかった」
「じゃあ、すぐに準備しないと。チーパオ商会が閉まっちゃう」
フリーゼの服は何がいいかなー。
せっかくだからオシャレしてみない? 一度も来てくれないヒラヒラのワンピースとか……あ、イヤなんだ。はい。
僕はマントを羽織るしかないからなぁ。
……うわぁ、まだ家の中だけど、なんかすごいことをしている気分。
でも、ちゃんと羽織っていれば大丈夫でしょ。
平常心平常心……。
あ、そうだ。
落ち着くついでに、もうひとつやっておこう。
「あ、あーあー。わ、わ、わたし。僕じゃなくて私。あーあー、私私私」
「なにしてるの?」
「女の姿で
「へー」
ついでに、口調もちょっと女っぽくしてみよう……かしら。
せっかく女の姿になったんだから、女っぽいことをした方がいいでしょ!
ママっぽくなっちゃうしね!
ちょっと照れちゃうけど、新感覚で楽しいかも。
「じゃあ、行きましょう!」
「うん」
お、今日はいい天気。
それにしても、このアンファンスはのどかな場所だなー。
周囲を見渡しても、畑とか民家とか風車ばかり。
虫も鳥もいっぱいいるし、緑も豊か。
空気も澄んでいておいしいし、現代日本とは全く違う。異世界だから当たり前だけど。
道を歩いている人がちょっといるけど、みんなのんびり歩いていて、時間に追われている感じが全くしない。
のほほんとしたこの空気、好き。
でも、今の私は全然のほほんとしてないんだけどねっ!
「うわぁ、すんごい。なんていうか、スースーする」
特に下半身。
マントしか身に着けてないのもあるけど、歩くたびに物足りない。
だからなのかな。
肌に触れる空気をめちゃくちゃ意識しちゃう。
めっちゃ恥ずかしい。
「…………ぁ」
近所のおじさんが歩いてる。
ちょっと、こっちをじっと見始めたんだけど……。
え、変なところが見えてたりしないよね!?
ちゃんとマントで隠せてるよね!?
うわ、ドキドキする。
最初は『大丈夫でしょ』とか思ってたけど、マント1枚って、こんなに心もとないの?
風が吹いたらどうしよう。転んでも大変だ。
お願いだから、おじさん、こっちに来ないで。見ないで。どっか行って。
いつもフリーゼのことを気にかけてくれているのはありがとうございます。
でも、今は余計なお世話だから!
……よかった。
不思議そうな顔をしながら、どこかに行ってくれた。
あ、フリーゼがすんごいガン飛ばしてくれてたんだ。
「ミース?」
「……ありがとう、フリーゼ。でも、慣れるまでちょっと待ってて」
人生、慣れれば大抵のことはなんとかなる!
「大丈夫。ミースにはわたしがついてるから」
やだ。
私の幼馴染、イケメン。
「いざって時は、村中の記憶、消すから。任せて」
「それはやめてね……?」
フリーゼなら本当にできそうなのが怖い。
でも、フリーゼのほっぺ、ちょっと引きつってる?
もしかして、私のために頑張ってくれてるのかな?
……そうだよね。私もしっかりしなきゃ。
深呼吸して、深呼吸して、深呼吸して――よし!
フリーゼのおかげで緊張がほぐれてきた!
なんとか歩いても大丈夫そう。
でも、まだちょっと恥ずかしいから、フリーゼに話しかけようっと。
「それにしても、フリーゼと買い物なんて、いつぶりだっけ」
たしか、フリーゼがどうしても欲しいと言ってた魔法の本を探しに行った時以来?
それなら、半年ぐらいかー。
こんな緊急時じゃなければ、もっとウキウキで楽しめたけど、今でも十分うれしい。
「どう? 久しぶりに外に出て」
「…………」
わーお。すんごい険しい顔で歩いている。ブルドッグみたい。
そうなんだよねー。
フリーゼって、外に出るだけで緊張しすぎちゃうところがある。
それに、家に帰りたすぎて、行きはペンギンみたいにチマチマ歩くのに、帰りはスズメみたいにピョコピョコ走るんだよなー。
「……?」
なんか道の端でかっこつけている人がいる。
「お、そこのお姉さん、マブいねぇ~~~!」
この特徴的な赤いモヒカンはっ!
アンファンス随一のナンパ師にして、アンファン三大妖怪のひとり『ニワトリのプレット』!
声を掛けた女性の顔すらも忘れることで、この狭い村でも毎日ナンパを続けられるという、常識外れの存在じゃん!
見た目については、ザ・チャラ男って感じ。
まあ、うん。
ここまでキャラが立っていると尊敬しちゃうよね。
「ね、ねえ! お姉さんって言われたんだけど! どうしよう、フリーゼ!」
「お世辞でしょ」
ちょっと『お姉さん』はきつい見た目かなー、って思ってたんだけど!?
いや、美人なんだけどね。フリーゼが与えてくれた姿だしね。
でも、お姉さんじゃないんだよ。お姉さんじゃ。おばさんでもないけど。
「やあ。奇遇だね。いつぶりだっけ?」
あのー。
この人、他人の顔を覚えられないことを割り切ってますよね。
TSしたばっかりだから、今の私の顔、知るわけないんだよなぁ。
「あの、はじめてお会いしたはずなんですけど」
「まじぃ!? 運命じゃん!」
運命軽ぅ。
「せっかくだからさ、オレと一緒にお茶しない? うち、王族ゴヨウタシ?の紅茶もあるんだけど、いいっしょ?」
「いや、ちょっと急いでて……」
「マジだよマジ。苦労して手に入れたんだよ」
ちなみに、本当に王室御用達の茶葉を用意してるんだよなぁ、この人。
お手製のお茶菓子まで毎日仕込んでるし。しかも、かなりハイレベル。
チャラチャラしたアクセサリーもお手製で、アンファンスの名産になってたりもする。
言動と見た目以外はすごくいい人なんだけどなー。あまりにも欠点が致命的すぎる。
「お、その髪の色はフリーゼじゃん。家から出るなんて」
「…………」
わーお。フリーゼの眉間の皺がどんどん深くなっていく。
青髪ってかなり珍しいから、フリーゼは覚えられちゃってるのよねー。
「ちょっと、娘に手を出さないでくれますぅ!?」
「娘じゃない」
「お、反抗期ってやつ? ダメだよ、ママのいうことをは聞かなきゃ」
「反抗期じゃないし」
「どう見たって反抗期じゃん!」
「ちょっ!」
そんな手で私のフリーゼに触らないでよっ!
「…………へ?」
えっと、何が起きたの?
私がチャラ男を止めようとした瞬間、風が吹いて、マントがひらひら~~って。
今の私、マントない。
服を買いに行ってる途中。
え?
見られた?
このチャラ男に、私の裸、見られた???
「うお、すっげ」
「~~~~~~~~~~~~っ!」
なにがすっげなの!?
見てるんじゃないわよっ!
男ならとっさに目を背けるぐらいしなさいっ!
「天誅!!!」
「ぐえっ……」
まあ、天誅って言いながら、私が直接手を出したんだけど。
これでも冒険者だし、人間を気絶させる方法なんて知ってるんだから。
「おねえさん……おちゃ……うぇーい……」
もう一発。
「おちゃ……」
さらにいっとく?
「かわうぃ……ね……がくっ」
すごいわね。こいつナンパへの執念。
……あれ?
なんで私、裸を見られたぐらいで手を出したの? こんなに恥ずかしがってるの?
公衆浴場で何回も会ってたし、裸を見合ってきたはずなのに……。
でも、女としてはおかしくないよね? ……元々男だけどね。
あれ? あれれ?
私って思ってたより、女になってる……!?
って、ちょちょい、フリーゼさん!?
「なんで魔法を使おうとしてるの!?」
「記憶消しとこうかなって。許せないし」
わー。本当に記憶消せるんだ―。さすがフリーゼ。
「でも、そんな必要ないと思うわよ」
「なんで?」
「こいつはどうせ忘れる」
「……あー」
納得したみたい。
念のため頭を数回叩いとこう。
これで絶対忘れるわよね。でも、念のためもう一発!
じゃあ、改めて。
服を買いに、いざ行かん! チーパオ商会!
……財布のひも、ちゃんと締めとかなきゃ。
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