第七章 疑念

どう考えてもおかしかった。

3〜4時間歩き続けているが、何度歩いても同じ場所に戻ってきている。

電話ボックスのあるy字路だ。

なぜなのか…。

「一個、提案があります」

「なんだ、言ってみろ」

「三人でバラバラに歩いてみるというのはどうでしょう」

二人の顔が驚く。

「何を言っているんだ」

「こんな所で単独行動したら危ないっス」

「それは承知なんだが、このままじゃいつまで経っても同じ場所をグルグルしてるだけです。それに、水も底をつきかけている。三人でそれぞれ別方向に進めば、少なくとも誰かは村の外へ出られる筈です」

「まだ、殺人犯がその辺にいるかもしれないんだ。危険すぎる」

「じゃあ聞きますが、中城さん」

瞳孔が開くのを感じる。

「僕はあなたを疑っています」

「なんだと?」

「二回目の殺人、殺せたのはあなただけだ」

「まだ村人の仕業という可能性も捨てきれん」

「村人はいないと否定し続けたのはあなたですよ」

「…いいか、こんなところで仲間割れしてる場合じゃないんだ。言うことを聞いてくれ」

手製の槍を向ける。

「僕に傷付けさせないでください」

「…自分が何してるかわかってるのか」

「今すぐ離れて」

中城は後悔するぞと呟き、そのまま後ろ向きに下がっていった。

ちふがまだ残っていた。

「ちふ、お前もだ」

「Dさん…」

「闇雲に歩いたら下山できるかもしれん。そうなったら警察に助けに来てもらうんだ」

「守ってくれるっていったじゃないスか…」

「この先は自分の身は自分で守るんだ。早く行け!」

ちふは動こうとしなかったので、仕方なく俺が歩き出した。


しばらく行けば川が見えてきた。

喉を潤す。

この場所は初めて見る場所だ。少なくとも、さっきのようにぐるぐると抜け出せない場所ではないはずだ。

歩きながら考える。

外部の人間…。村人による犯行であれば、一回目の夜に反抗可能なのは誰か?

不在証明(アリバイ)は…。恵さんは一瞬、犬男と出くわした時に遭遇している。

中城はちふが見張っていたが、勝手に歩き回ったと言っていたし、あまりその見張りも当てにならない。

二回目の事件は…。普通に考えれば犯行が可能なのは中城さんだ。3時間もあれば移動は可能だろう。

だが気になるのは。

眠っていた時に目覚めたという点。

そしてさっき、恵さんを探している時に急に意識を失ったという点。

鼓動が自然と早くなる。


俺の中に、何かがいる?


だんだんと、暗くなってきた。

蚊と小虫が顔の周りを夥しく飛び回る。

払いながら、ひたすら歩き続ける。

いつだったろうか。

迷子になった時を思い出していた。

場所はショッピングモールだった。

しかも閉園の時間が近づいていたんだった。

店の中に閉じ込められる、そんな不安感を感じていた。

赤い夕陽が、暗闇の中へと姿を消し、周囲は完全な闇になった。


…なんだ?

視覚情報を失った事で冴えた嗅覚が反応する。

バーベキューをした時に感じる、安い肉を燃やした時の焦げ臭い匂い。

緊張感が高まる。アドレナリンが走ることを命じる。

「ちふ!中城さん!」

軽率だった。

だんだんと煙が濃くなる。

火の元が明らかになる。

ドラム缶の中に何かが燃えていた。

あわてて駆け寄り、スマホのライトをつける。

両腕をファイティングポーズのように高く上げた姿は…。原型はとどめていないが身につけた衣服からして、中城さんのものだった。

「Dさん!」

ちふの声がした。

「よかった、無事だったか」

小さい身体に抱きすくめられる。

「うぉわ!落ち着け!」

「私もさっき着いたんでスけど、これって…」

「見るな。ちょっと待っとけ」

スマホのライトを当てる。ちふの姿を見つけた。多少汚れはあるが特に怪我もしていないらしい。

「よかった。ん?」

何かおかしい、ということに気づいた。

しかし何がおかしいんだ?

「Dさんはやられてないみたいっスね。よかった」

「あぁ…」

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。

一個浮かび上がった疑問が、膨れ上がる。

「まだ犯人は近くにいるはずっス。警戒してください」

「あぁ…」

そして気づいてしまった。

「もう、Dさん、さっきから上の空っス!」

「ちふ、一個試したい事があるんだが、いいか?」

「え?ええ、いいっスけど」

スマホの光を当てながら道を進む。

「なんかずっと歩いてたからお腹すいちゃったっス」

Y字路が見えてくる。

「ねぇ、Dさん。こんなところで一体何を?」

駆け足になる。

俺の憶測が正しければ。

電話ボックスのドアを開ける。

受話器を外すと同時に、真っ赤なボタンを押す。

発信音がする。やっぱり。

1、1、9と押す。

コール音がする間、俺は必死に考えた。





なぜ、犬は吠えなかった?

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