四話 侵入者
ダンジョンの入り口は、月明かりの届かぬ森の奥に隠されていた。
苔むした古い祠の地下に穿たれた裂け目――そこが、隣村を滅ぼした災厄の穴だ。
「ここが……」
森の中で焚かれた松明の炎に照らされ、十数名の討伐隊が慎重に列を組む。
前衛の大盾を構えた兵士、その背に弓を備えた猟兵、後衛には魔術師が一人。
彼らの胸元には王都近衛の紋章が鈍く光っていた。
隊長格の男が振り返る。
まだ若いが、目には迷いがない。
「ビルダンの村と駐屯所をやられた報復だ……怯むな。
魔物の巣だろうと一気に突き崩す!」
兵たちは鬨の声をあげる。
地面に開いた裂け目から、地下の湿った空気が吹き出した。
やがて隊列は慎重に階段を降りていく。
血を吸った石の階段はどこまでも暗く、魔法灯の光すら吸い込むようだ。
奥深い回廊のさらに奥――
アルスは、獣人と共に最前層のモニタールームに立っていた。
闇に浮かぶ魔法陣が、侵入者の足跡を青い残像で映し出す。
鎧の金属音、怯えた吐息、鋭い刃――
すべてがダンジョンの心臓を震わせていた。
《侵入者を確認しました、マスター。王都近衛の紋章あり。
総勢十四、戦力は小隊規模》
アルスは目を細め、唇の端をわずかに釣り上げた。
「ギルゼス……思ったより手が早い。
だが、その兵は俺にとっては肉と血だ」
傍らに跪く獣人が、低く嗤った。
「主よ、どう料理を?」
アルスはゆっくりと腕を上げる。
トラップの封印が、石壁に沿って脈打ち始めた。
《第一層、防衛シークエンス起動――。
生贄を取り込む準備が整いました》
討伐隊の先頭が、石造りの回廊に足を踏み入れたその瞬間。
壁に刻まれた獣の口が、静かに開いた。
ギィィィ……!
音もなく飛び出す無数の鉄杭が、盾を構えた兵の脚を正確に貫いた。
「うぐっ……!!」
悲鳴が回廊に木霊し、後続の隊列が乱れる。
そこへ蜘蛛の魔物が天井から降りかかり、弓兵の肩に鋭い脚を突き刺した。
「下がれ! 隊列を――隊列を維持しろッ!!」
だが暗闇の迷路は彼らの声を吸い込み、どこからか囁くような声が聞こえてくる。
《帰れない……帰れない……》
魔術師が震えながら呪文を紡ぐが、足元の血溜まりが粘液のように伸び、
彼女の足を絡め取った。
「くそっ、光を! もっと魔法灯を――」
光源を増やした瞬間、壁の奥に人影が浮かび上がる。
黒い外套を翻し、血のように赤い瞳を宿した男――アルスが、そこに立っていた。
「……来てくれたか。
俺を犬のように狩り立てた貴族の犬どもよ――」
獣人が、主人の隣で牙を剥いた。
討伐隊の兵士たちの目に、一瞬、青年だった頃のアルスの面影が残る。
だがその声は、人のものではなかった。
「狩る側が変わっただけだ。
――今度はお前たちが、“獲物”だ」
石壁の裂け目から蠢き出した無数の魔物たちが、
人々の絶望を糧に、暗黒の回廊を血で染め上げる。
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