第52話誰かに知られたくなかった気持ち

 教室に差し込む日差しは、春なのにやけにまぶしかった。

窓際の席で頬杖をついている湊の横顔が、光に溶けていた。


「……聞いたよ」


昼休み、真央が小声で近づいてきた。

私はノートを閉じながら、少しだけ首をかしげる。


「何を?」


「詩ってさ……同じクラスの小田くんに、告白されたんでしょ?」


「……えっ」


声が出なかった。

真央の目は驚くほど真っ直ぐで、私は返事を飲み込んだ。


「噂になってるよ。昨日の放課後、校舎裏で話してるの見たって」


あのとき、誰もいないと思ってた。

でも、そう簡単に“見られてない”なんてこと、あるわけないのかもしれない。


「うん……された。でも、断った」


「そうなんだ……やっぱりね」


真央はそれ以上何も聞かなかった。

でもその“やっぱり”の中に、いろんな意味が詰まっている気がした。



放課後、教室に残ってプリント整理をしていたとき、ふと、湊の視線を感じた。

彼は自分の席に座ったまま、ぼんやりとこちらを見ていた。


「……なに?」


「いや、別に」


その言い方が、いつもより少しだけ重たかった。

私は背を向けたまま、プリントの端を揃える指に力が入った。


「……今日、誰かに聞いた? 小田くんのこと」


しばらくの沈黙のあと、湊は目を逸らさずに答えた。


「……ああ。クラスの男子が、昼休みに話してた」


「……そう」


教室の空気が、妙に静かだった。


「詩が、なんて答えたのかは……知らないけど」


「断ったよ」


そう答えると、湊の目が一瞬だけ揺れた。


「そっか……」


その「そっか」が、なんだかうまく心に届かなかった。



私は誰かに知られたくなかった。

別に、恥ずかしかったわけじゃない。

でも……湊に知られるのは、ちょっと、怖かった。


それがどうしてなのか、自分でもうまくわからなかったけれど。

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