第38話手のひらのあたたかさ

その日、私は風邪をひいた。


朝から体が重くて、熱っぽさもあったけれど、テストが近いからと無理をして登校した。


(大丈夫、大丈夫……)


そう自分に言い聞かせながら教室に向かったけれど、

午後の授業の途中、ついに目の前がふらりと揺れた。


「……詩、大丈夫?」


真央の声が聞こえる。


「ちょっと顔色やばいって。先生、保健室行かせます!」


そうして私は、真央に付き添われながら保健室へ向かった。



「先生いない……?」


ドアを開けると、保健室のベッドは空いていたけれど、肝心の先生は不在だった。


「どうしよう……とりあえず、寝てて。水、持ってくる!」


真央が慌ただしく出ていき、私はベッドに体を預けた。


そのあと、しばらくして扉が開く音がした。


「詩、大丈夫……?」


湊の声だった。


「湊……?」


「真央に聞いた。保健室って聞いて、急いで来たんだ」


湊は息を少し切らしていた。

手には、コンビニの袋がひとつ。


「水と、冷えピタ。あとこれ……栄養ドリンクっていうか、風邪に良さそうなやつ」


袋から取り出したのは、ペットボトルのスポーツドリンク。


「無理しすぎるなよ」


「……ありがと」


手渡されたペットボトルを握ると、その冷たさがじんわりと熱を和らげてくれるようだった。



「おでこ、熱い……」


湊の手が、私の額に触れた。


驚いて、思わず見つめ返してしまう。


「……すごい熱あるじゃん。保健の先生いないなら、誰かに連絡……」


「大丈夫。……もうちょっとだけ、ここで休めば……」


「でも――」


そのとき、私はそっと湊の手を握った。


「大丈夫。……湊がいてくれるから、なんか、安心した」


「……そっか」


手のひらは、あたたかかった。

でもそれ以上に、心の中のざわめきが静かになっていくのがわかった。



ベッドの横で、湊は何も言わずに静かに座っていた。

言葉はなくても、その存在が、何よりの薬になっていた。



夕方になって、体調も少し落ち着き、私は先生に連絡されて早退した。


帰り際、湊が荷物を持ってくれた。


「……ありがとね、ほんとに」


「うん。……また、元気になったら、くだらない話しような」


その言葉に、自然と笑みがこぼれた。

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