第33話忘れ物と、たまたまの再会

「……あ、やば」


帰り道、校門を出たところで私は立ち止まった。


(教室に、英語のノート忘れた……)


明日の予習に使うやつだ。戻らなきゃ。


荷物を持ったまま教室に引き返すと、もう人影はなかった。

春の夕方、すこし黄みがかった光が窓から差し込んでいる。


教室の奥、自分の席にノートがぽつんと置いてあった。


「……あった」


そう呟いたとき、廊下から足音が聞こえた。


「……詩?」


ドアの隙間から顔を覗かせたのは、湊だった。


「……湊?」


「どうしたの。忘れ物?」


「うん。英語のノート、明日予習で使うやつで」


「あー、それか。俺もちょっと残ってた」


湊は手に分厚い問題集を持っていた。どうやら先生に質問してたらしい。


(……変わらないな)


こうしてふとしたときに顔を合わせて、話す湊は、あの頃と何も変わっていない気がした。



教室を出たあと、なぜか一緒に校舎を歩いていた。


窓の外には夕陽。

ちょっとだけ、前より歩幅が合うようになっている気がした。


「今年さ、進路どうするか決めた?」


湊がぽつりと訊いた。


「……まだ、ちゃんとは。でも文系で行くと思う」


「そっか。俺、工学系で推薦目指すかも」


「推薦……すごいね」


「ううん、成績とかギリギリだし、面接練習とか怖いし。……でも、行きたいところあるんだ」


言葉の端々に、湊の“まっすぐさ”が見えた。



靴箱で並んで靴を履いているとき、ふと、私が言った。


「たまたま、会えてよかった」


湊がこっちを見て、にこっと笑った。


「俺も。……となりじゃなくても、話せるんだなって思った」


「……うん」


あたたかい風が吹いた。春の匂いがした。


帰り道、並んで歩く影が少しだけ近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る