第2話「伝説」

 その動画はBGMも効果音もなく唐突に始まる。


 白壁の殺風景な部屋に置かれた会議机に、西新宿ゆるふわ組のメンバーが並んで座っている。向かって左から菊池セイラ、渡辺蒔那、酒井紀香、森高美穂、宝田舞という並びは、ファンからすれば見慣れた構図だった。

「こんにちは。西新宿ゆるふわ組です」

 五人揃っての挨拶もいつも通りだったが、メンバーの表情はどことなく堅い。

 幼顔でありながらグループの年長者としてリーダーを務める酒井紀香が、いつものアニメ声を抑えながら落ち着いたトーンで話し始める。

「皆さんがこの動画を見ている頃、私たち五人はこの世にはいないでしょう。そう思うと少し悲しい気分になりますが…」

 ここで一旦、動画が不自然な形で途切れる。アングルはとくに変わらないものの、何らかの意図で編集されていることが窺えた。

「私たちは自分たちの時代を精一杯に生き、同じ時代を生きている皆さんに歌やダンスを通して元気や勇気を届けたいと思って頑張ってきました」

 次に菊池セイラが話し始めた。酒井紀香と比べると声のトーンは明るい。

「私たちの歌やライブ映像はこれからも残り続けます。なので…ずっと皆さんに楽しんでいただきたいです」

 ここで再び編集の形跡が見られる。動画の素人が編集していることは明らかだった。

 渡辺蒔那が右手の拳を掲げて元気よく言った。

「ニシユルの魂は不滅ですから!」

 続いて森高美穂が寂しそうに呟く。

「さよなら」

 森高の言葉に反応した渡辺蒔那が口を開きかけたところで、また不自然に動画がトリミングされている。

 ここまで宝田舞は一言も発していなかったが、その動画は菊池セイラの言葉で幕を閉じる。

「歴史に名を刻むために、西新宿ゆるふわ組は伝説になります」


 この1分にも満たない動画がYouTubeにアップされたのは、2023年6月8日の午前3時だった。




 * * *




<朝読新聞電子版 6/8(木) 22:15 掲載>

女性トップアイドルグループが集団自殺か

西新宿ゆるふわ組、死亡四人・重体一人 


警視庁四谷警察署によれば、8日午前9時ごろ、新宿区内藤町のレコーディング兼レッスンスタジオで、女性アイドルグループ西新宿ゆるふわ組のメンバー五人が倒れているのを関係者が発見。五人はすぐに東京女子医大病院に移送されたが、酒井紀香さん(19)、渡辺蒔那さん(17)、菊池セイラさん(16)、森高美穂さん(17)、4人の死亡が確認された。メンバーの一人である宝田舞さん(17)は一命を取り止めたが、現在も意識不明の重体となっている。


四谷署によると、控室内の遺留品の中から毒物に指定されているシアン化カリウムが見つかったといい、五人の状態を見てもシアン化カリウムによる中毒症状が見られることから、何らかの方法で持ち込み、摂取したとみられている。また、同日午前3時から4時にかけて、何者かが五人の映った映像データを動画投稿サイトにアップしており、動画の中ではメンバーの一人である菊池セイラさんが「西新宿ゆるふわ組は伝説になります」と発言していたことも確認された(現在、動画へのアクセスはできない)。警察はメッセージ内容や状況から判断し、集団自殺の可能性も含めて、事件と事故の両面で捜査を進めている。


西新宿ゆるふわ組は2019年に結成され、同年にCDデビュー。2022年6月にリリースされた8thシングル『青年期の魔物』はBillboard Japan Hot 100で5週連続1位を獲得。同年9月にリリースされたセカンドアルバム『二度目の詰め寄り』は史上最速での300万ダウンロードを突破し、年末の各タイトルを総なめにした。1カ月後の7月10日から全国5大ドームでのコンサートを予定していたが、今回の事件を受けて事務所と興行主は即日中止を発表。関係各所は対応に追われている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る