女子高生と殺人鬼
城堂藍
前編
真夜中。
空には三日月がこちらを睨む様に光っている。
少女は、台所にいた。
月明かりを頼りに手探りで棚の取っ手を探す。
「……あった」
棚を開けると一丁の包丁を取り出した。
それはどんな家庭にもよくある料理用包丁だ。
少女はそれを持つと部屋を出て二階に登り、部屋の扉の前にたどり着いた。
「やってやる……」
ドアノブを掴む。
――カランッカラカラ……
その瞬間少女はナイフを落としてその場に座り込む。
「クソッ……またダメだ……」
震える腕を押さえ込む様にうずくまった。
―――――――――――――――――――――
午後五時、少女は目を覚ました。
少女の名前は、佐藤 瑠璃(サトウ ルリ)何の変哲もない高校二年生だ。
その日は、土曜日で学校が無いが、六時からバイトがあるのでルリは仮眠をとっていた。
ルリは眠たい目を擦って立ち上がり、洗面所に向かった。
窓から外を見るとまだ五時だと言うのに薄暗くなっていた。光の入らない廊下は真っ暗で、手探りで電気を探す。
洗面所に着いて顔を洗い、小腹を満たす為リビングの方へ向かう。
リビングの扉の前まで来てドアノブに手をかけた時、中から家族の話す声が聞こえた。
両親と妹が話し合っている様だ。
「凄いじゃないか!また学校で一番だったなんて!」
「まぁ、スイちゃんは本当に頭がいいんだね!」
「すごいでしょ私!」
「今日はスイがテストを頑張ったからご馳走様用意しなきゃな」
「やったー!」
「今日はちょうどルリもいないから沢山食べれるわよ」
「今日はお姉ちゃんバイトだもんねー」
「ルリにはスイがいい大学に行ける様に稼いでもらわないといけないからな」
「…………」
ルリは、扉を開ける事なくドアノブから手を離し、階段を駆け上り自分の部屋に向かった。
途中で床についた傷が目に入った。昨晩の包丁の跡だ。
「あの時できていれば……」
ルリは部屋に入ると気を紛らわせる為ベットに腰掛けスマホを開いた。
その時通知に来ていた一つのニュースに目が止まった。
「殺人事件……」
ニュースよると、この辺りで殺人事件があったらしい。
『二箇所で遺体が発見され、警察の調べによると同一犯である可能性が高く、犯人ついては断定されたが未だ逃走中の模様です。』
書かれていた記事の下の方には犯人と思わしき人物の顔写真が貼られていた。
「――この人と私はどこが違うんだろう」
ルリはその記事を最後まで目を通すとバイトの用意をして家を出た。
アルバイト場所のコンビニに着いて身支度をすると店長の方へ向かった。
カウンターに行くと店長がいたのでルリは挨拶をした。
「おはようございます。店長」
「おぉ佐藤くん、おはよう。今日は私と二人だから頑張ろうね」
「はい」
「そう言えば、今日来る時大丈夫だったかい?この辺りで殺人犯がうろついてるってニュースでやってたけど」
ルリはさっき見た記事が頭に浮かんだ。
「特に何も無かったです。早く捕まると良いですね」
「まぁ直ぐに捕まるだろうね。日本の警察は優秀だし」
「そうですね」
ルリは業務連絡を済ませると直ぐに業務に取り掛かった。ルリはそこでアルバイトを始めてから約1年ほど経過していたのでほとんどの業務は一人でこなす事ができる。
それに此処のコンビニは人通りの少ない場所にあるので他のコンビニに比べたら仕事量は少ない方だ。
品出しを行っていると店長が慌てた様子で奥から出て来た。
「店長どうしました?」
「どうしても外せない用事が入ってしまってね。悪いが佐藤くん少しの間一人で頼めるかい?」
ワンオペは初めてだったが店長の慌て様を見ると断れそうもないのでルリは承諾した。
「分かりました」
「本当に済まない。二時間ほどで戻ってくるから」
そう言うと店長は駆け足で出ていった。
それから直ぐの出来事だった。
黒いフードを被った背丈が180センチほどの男性が入店して来た。
「いらっしゃいませ」
ルリは大きな声で挨拶をした。
男は商品棚からマスクを手に取ると直ぐにレジの方へ向かって来た。
「マスク一点で250円になります」
ルリの身長は160くらいなので計らずも見上げる形になった事で男の顔が見えた。
「……!」
ルリは驚いた。その顔はあの時ニュースで見た殺人犯の顔写真と一致していたのだ。
男はバレていることに気づいてない様子で財布を取り出した。
ルリは不意に言った。
「――あなた殺人犯だよね」
――ドサッ
その時男の持っていた財布が床に落ちる。
男は明らかに動揺した様子で腰のあたりに手を回してナイフを取り出した。
緊迫した空気が流れ始めた。
「騒いだらどうなるかわかってるだろうな」
男は今にも襲ってきそうなほどにナイフを突き出し興奮している。
ルリを守っているのは定員と客を隔てるカウンターだけ、しかしルリは至って冷静だった。
慌てるそぶりもなく、男に向かって一言つぶやいた。
「私を殺して欲しい」
「……は?」
思いがけない言葉に男の手が止まる。
ルリも男も硬直状態にある最中、外の駐車場に車が停車される音が聞こえた。
その車は黒と白のボディに「POLICE」の文字がくっきりと浮かんだ所謂、パトカーだ。
パトカーから警察官が降りてこちらにやってくる。
「くそっ、警察こんな所まで」
焦って周りを見渡して隠れる場所を探している男にルリは言った。
「――トイレに隠れて」
「は?」
「良いから早く」
「……くっ」
男は落とした財布を拾い上げ、トイレの方へ走っていった。
自動ドアが開いて警察官が入って来る。
「いらっしゃいませ」
ルリはいつも通りの挨拶をした。
強面の警官が警察手帳を前にかざして言う。
「すいません、警察です。少しお話伺ってもよろしいですか?」
「何でしょうか?」
「この辺りで殺人事件がありましてね。何か知っていることがないかと思いまして」
「ニュースで見ました。物騒ですよね」
「ご存知でしたか。それじゃあ話が早い」
警官は一枚の写真を見せて来た。あの男の顔写真だ。
「この顔に見覚えはないですか?」
ルリは少し考えるそぶりをすると言った。
「見てないですね」
「……そうですか。ご協力感謝します」
警官は険しい顔を崩して笑顔を作るとその場を去っていった。
パトカーのエンジン音がが完全に聞こえなくなると男がトイレから出て来た。
「なぜ助けた」
「捕まっちゃたら私を殺してもらえないじゃん」
「死ぬ方法なら他にいくらでもあるだろ」
「…………」
ルリが黙り込んでいると男が言った。
「なぜそこまで殺されたいんだ」
「……私の死を両親に悲しんでほしいから」
「どう言うことだ?」
「私には3歳年下の妹がいるの。妹は私なんかと違って成績優秀で運動神経抜群。私はいつも妹と比べられた。でもまだ比べられるだけ幸せだった。私は家族の一員として思われていたから。最近ではもう比べられることも無くなってしまった。両親は妹という物差しでないと物事を測れなくなってしまった。私はもう両親の眼中にいない。私はもう家族として扱われなくなった。だから殺される事で最後に注目を引きたい。私の死で感情を動かしてやりたい」
ルリが熱弁すると男は呆れた様子で言った。
「そんなんうまく行くわけないだろ。むしろ邪魔な奴がいなくなって清々するんじゃないか」
「そこはあなたが私が死ぬ時に両親に感謝してたよ的なことを言ってくれればいいよ」
「第一死んでしまったら確認しようがないだろ」
「私は両親の反応には興味はないから、ただ感情を動かしてほしいだけ」
「何だそりゃ」
男はまた呆れた様な顔をした。
「で結局、殺してくれるの?」
「断る」
「2人も3人もあんま変わらないよ」
「そう言うことじゃない。俺はあいつらを殺したいと思ったから殺したんだ。でもお前を殺したいとは思ってない」
ルリは不満そうに頬を膨らませた後、思いついた様に言った。
「――じゃあその殺した人たちの話を聞かせてよ」
「は?なんで?」
「私がそいつらみたくなれば私を殺したくなるでしょ」
男は何言ってんだこいつみたいな顔をした後少し考え、ため息を漏らすと言った。
「……まあ良いだろう。助けてもらったしそれぐらいはしてやる」
そう言うと男は脇にあるイートインスペースの椅子に腰掛け淡々と話し始めた。
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