【短】手を繋いでいってあげたかった。

桃風紫苑

空約束.1





思えば、昔から喧嘩ばかりしていた。


きっとお互いに、好きで楯突くわけではなくて、小さな諍いの種やささくれのようなすれ違いを見過ごせなかった。


家族でなければ、双子でなければ、とっくに関わりは途絶えていただろう。16年、よく付き合ってくれたなと他人事のように考えながら、瞼を押し上げる。



目を覚ますたびに、真知は泣いていた。


ふにゃんふにゃんの赤い顔、痛々しく腫れた瞼。


かわいそうだなって思って、でもそんなことを口にしたら、更に顔を真っ赤にして怒るだろう。



「何時間寝てるんだ」

「……さんびょう、くらい?」

「黙れ。おまえもう、目かっぴらいとくことだけに集中しろ」



黙っていたらまた眠くなるよ、と言い返そうとして、やめた。


もし、残された時間で発することのできる文字数が決まっているのなら、もっと真知のためになることに使いたい。



「ね、まち。健康にいきてよ。からだの中に、悪いものなんてひとつも呼ばないで、クリーンに、いきて」

「空気清浄機かよ」

「そう、そうだね、そんな感じだ」



咳き込むように笑うと、喉にこびりついていた膜が剥がれたような気がした。少しだけ、声が楽に出せるようになる。


まち、まち、と繰り返し名前を呼んだ。真知は律儀に返事をしては、続く言葉がないことに焦れたように、わたしの手を握りしめて言う。



「してほしいこと、ねえの」

「……ないよ」

「食べたいものとか、なんでも持ってきてやるけど」

「ないね」

「真悠、おまえさ、生きろよ」

「いきてるよ」



真知の手を握り返して、ふかく、ながく、息を吐いた。おい吸えよって不機嫌そうな声がきこえて、短く、息を吸う。



「おれも一緒にいってやろうか」

「なに馬鹿なこといってんの?」

「真悠は寂しがりだから」

「寂しがりは自分のまちがいでしょ。わたしはひとりでも平気なの」



もう二度と会えないという事実は重く苦しくて、呼吸を忘れそうになるほどにつらいけれど、真知を道連れにだなんて、冗談じゃない。



まだ、わたしが真知の手を借りれば体を起こすことができたころに、何度も、何度も話をした。


すり合わせだった。いつからか、いつまでか、わたしと真知の価値観は相反するばかりだったから。命を終えたら、死者が生者にできることなんて何もない。伝えておきたかった。安心させて、あげたかった。


寂しがりで強がりな、憎らしいほどに大切な、半身に。

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