A

 私『霜夜しもよあおい』には、大切な人がいた。彼女の名前は『ついひいろ』。緋色の瞳と髪が綺麗な、私の幼馴染。

 ひいろとの出会いは、3歳。ちょうど物心が着いてきた頃。

 その当時から私はなんというか、ドライな子だった。保育所の赤組で、周りのみんながまさに幼い子供らしくはしゃぎ回る中、私は部屋の隅で大人しく膝を抱えていた。

 動きたくない。と、そんな具合で。そんな私の隣で、私と同じように、大人しく座っていた女の子。それが、緋だった。

 毎日、毎日。私と緋は一緒にいた。特に話もせず、干渉もせず。ただ、ひとりじゃない。近くにいればそんな安心感があって、居心地が良かったのだと思う。

 そして、いつだったか。私は、もっと緋に近付きたいと思った。せっかくなら、友達になりたかったのだと思う。けれど、ろくに人と話すこともしなかった私は口下手で、話しかけ方が分からないままもじもじして踏み出せず、最初の一言を言うのに何日も費やして、ようやく、死ぬ思いで緋に声をかけた。


「…もうすこし…ちかくにすわっても…いいかしら…」


「………?」


 緋はキョトンとして、その綺麗な緋色の瞳でしばらく私を見つめた後、小さな声で言葉を返してくれた。


「…うん。いいよ」


 緋の声を聴いた時、凄く温まったのを覚えている。

 それから、ずっと。私は緋の隣が定位置となり、緋もまた、私の隣を定位置としてくれた。

 そして、日に日にその距離は縮まり、いつしか、私たちは肩の触れる距離にいた。

 肩だけでも。緋の体温は温かくて、私は毎日が幸せだった。


「ずっと一緒にいよう」


 保育所の年長で、そんな約束をした。


 小学生になっても、ずっと。ずっと一緒に居続けた。

 緋さえいてくれれば良かった。それ以外で幸せを感じられなかった。

 緋の優しい声。優しい体温。いつも少し下を向いて憂いを纏う表情も、笑った時の輝きも。ほんの少し力を入れてしまえば壊れてしまいそうな脆さも。甘え上手なところも。全部がいとおしくて、大好きだった。



 ───なのに。



「──あおい。お父さん転勤になってな。来月引っ越す」


「………ぇ……?」



 小学2年生の私には、どうすることも出来ず。


 私は、唯一無二の大切な人と離れ離れになった。




 それからは、誰とも関われなかった。



「この人は緋じゃない」


 私にとって、人の判断基準はただ1つ。「ついひいろ」か、それ以外か。

 緋さえいればよかった。

 この人生で……否、何度人生を繰り返そうとも。私のこの魂が大切にしたい人間はただ一人。緋だけだったのだから。




◇◇◇




 小学生の間に4回、中学生でも1回転校をして、ようやく父の仕事は落ち着いた。家も建った。しかし、中3の冬。また父は転勤。母は父について行き、私一人が、この家と共に東京に残された。


 高校で友達は結局できず。私は緋のことも忘れられず。

 ずっとひとり。


 高校2年生になった春休み明けに問題を起こし不登校となり、アルバイトをして音楽を聴いてベースを弾くだけの生活を送っている。


 季節は梅雨。


 どんよりとした空の下、今日も私はアルバイト先へと、細いくせに重たい足を動かして進む。


 なんでこうまでして生きなければならないのだろう。

 そんな疑問を持つが、私はきっと、ずっと心の中で期待しているのだ。


 いつかまた、緋に逢えたら、なんて。




……To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る