7話 危機と接近
朝の光とともに目覚めると、レモングラスとローズマリーに似たハーブで淹れたお茶を飲む。さわやかな香りが今日の一日のはじまりを感じさせる。
朝食は昨日焼いたフォカッチャとトマトスープ。それとシュバルツが持ってきてくれた卵もあったはず。
「オムレツも作ってみましょうか」
カチャカチャと卵をかき混ぜる音とともにルクスが起きてきた。
「ん~おいしそうな音がするぞ」
「ふふふ。おいしそうな匂いじゃなくて音なのね」
バターを引いたフライパンに卵を流し込むとジュワーという音がする。
「これこれ。この音が美味そうなんだよな!もちろん匂いも美味そうだぞ!」
塩コショウで味を調えると皿にのせてルクスの前に置く。
「おお!ふわふわじゃねえか!イロハは料理も上手いなあ!」
上手に前足でナイフとフォークを使うちびドラゴンはアニメに出てくるキャラクターみたいで微笑ましい。
「ルクスはお世辞も上手なのね」
「お世辞じゃないぜ。イロハが作るものはすべて美味しいし、美しい。その手が作り出す数々の作品はどれもこれも最高傑作だとオレ様は自慢しているのだ」
「ふふ。ルクスが自慢してくれるのね」
「もちろん!イロハはオレ様のオトモダチだからな!」
えっへんと胸を張る姿を見ると、本気でそう思ってくれているらしい。どうやら『オトモダチ』という言葉がかなり気に入っている様子で、機会があるたびに使いたいようだ。
「さてお店を開いて商品を並べていきましょうか」
最近はミャオが工房の宣伝をしてくれたのか、旅人や近くの村人達が立ち寄ってくれるようにもなってきた。実際にお客さんとやり取りをすることでわからなかったことを教えてもらえたり、おいしい料理をいただいたり、欲しかった知識が得られて充実した日々を送っている。
「おはよう。美味そうな匂いだな」
シュバルツがやってきた。裏庭に星の魔法陣が現れてから頻繁にこの近辺の見回りをしてくれていてありがたい。ここのところは毎日のように顔を合わしていた。自然と会話も増え、気やすい口調になってくる。
「ええ。朝食の残りがあるわよ。少しだけど食べる?」
「それは嬉しいな。いただくよ」
「そのかわり、またハーブを摘むに行きたいんだけど一緒についてきてくれる?」
「ああ、喜んでお供いたします」
「なあにそれ。大げさよ。ふふ」
「夜はどうだ?また裏庭が光ったりしてないのか」
「うっすらとそういう気配はあるの。でも夜中に行ってはいけないとルクスが止めるから確認まではしていないのよ」
「なんだって!大丈夫なのか?」
「でも、それだけで。何もされてないというか。むしろ夜空が今まで以上に奇麗になったというか」
「夜空が奇麗とは?」
「星々がキラキラと瞬き出す時があってね。窓から外をみるだけでも、とても幻想的で美しいのよ」
「思ってたよりも危険じゃないか!」
「え?これって危険なの?」
「ああ。星々がざわめき立つということは何かの前兆とみなされるんだ」
それがざわめくという現象だとは彩葉は感じていなかった。現世でのイルミネーションくらいの感覚でいたのだ。そうだ、ここはファンタジーの世界だが現実なのだ。作り出された電飾の光ではないことを思い出した。
「イロハ。工房の片隅を貸してくれないか」
「いいけど。何に使うの?」
「今日からしばらく泊まり込みをさせてもらってもいいだろうか?」
「泊まり込み?…工房の床は板張りで、寝るには硬すぎるわよ」
「仮眠をとるだけだ。かまわない」
「私がかまいます!物置に使っている部屋がひとつあるので、そこを片付けるので使ってくれるかしら?」
「いいのか?」
「いいわよ。ルクスもいるから、ふたりきりじゃないし…」
「そ、そうだな…」
シュバルツが口元を抑えている。耳が赤くなっているのがわかる。そういう風には考えてなかったのだろう。きっと警護優先でしてくれた発言なのだ。
裏庭に着くと以前よりも色の濃い草が生え茂っている個所が増えていた。
「これは毒草か?」
「確かに毒をもっている可能性もあるけど、微量なら薬にもなるから必ずしも有害とは言えないわ。いくつか採取していきましょう」
「ああ、素手で掴んで知るが肌につかないように気をつけてな」
持ち帰ると、ほかの薬草よりも魔力の含有量が多いようだった。
「これは、魔法陣の影響に違いなさそうだな」
「そうね。でも、これを使えば今よりも強力なポーションが作れるかもしれないわ」
「そういうのは、あまり勧めたくはないな」
「どうして?能力が高いポーションができればすぐに回復できるのではないの?」
「そのぶん体に負担がかかるかもしれない。強すぎるポーションは心身にストレスを与えることがある」
「え?…そんなことがあるの?」
「俺は…昔、過剰摂取しすぎて動けなくなり、目の前で…仲間を見殺しにしてしまったことがある」
はじめて聞く内容に彩葉は言葉を失った。そういえば最初に出会ったときに、ポーションを飲むのを拒否されたことがあった。昔のことを語るシュバルツの目が、寂寥にあふれている。診察したときに見た体中の傷跡はこれまでの苦労を物語っていたのだろう。騎士になるまで相当無理をしたのに違いない。
「俺は自分の力を過大評価しすぎていたのだ。情けない話だがそれ以来、ポーションを飲むのが怖いんだ」
そうか、それで魔獣に襲われても、ポーションで回復せずに戦い続けていて倒れたのか。今思えば、工房の近くでよかったと安堵する。
「まあ、そんなことより、やはり君の力が何らかの作用をしている可能性はあるかもしれない」
「あの魔法陣も私のせいだったらどうしよう」
「いや。謎が多いのだ。情報が少なすぎる」
「植物に聞いてみましょうか?」
「そうか、君にはできるのだな。では尋ねてみてくれないか?俺が傍で守るから」
シュバルツが真摯な眼差しで守ると言い切った事に胸の高鳴りを覚える彩葉だった。基本的に必要意外なことは話さないし、表情もあまり変わらない。普段から戦う姿勢でいるので騎士としてはそれでいいのだろう。飾らない純朴さがとても新鮮で誠実さを感じられた。
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