第2話 「お前もついてくるか?」


 ルーベンゼル王国の消失から、10年。


 あれから他の国では様々な憶測が飛び交った。––––––


「あれはきっと王国に恨みを持っていた者がやったんだ」


「でも、どうやって?」


「俺はフィノリシアが反乱を起こしたからだと聞いたぞ」


「本当に?」


「やっぱりまともな生命体はまだ人間には作れないんだ」


 しかし時の流れと日々流れてくる情報の量は無慈悲で、10年ほどでその話題が上がることはなくなった。––––––



 ガッシャーン!!という音が大きく響き、フォルの意識を刺激する。


(...なんの音だ?)


(......もう少しだけ、寝ていたい。)


一瞬だけ気になったが、それよりも眠気が勝ち、再び意識を沈めようとしたその時、


「はぁーー、、、」


と大きくため息をつく声が聞こえる。


 (......?)


目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。音のした方法に顔を向けると、窓から差し込む朝日の向こうで、男が顔に手を当ててため息をついている。


(ここは、、、どこだ?、、、あの男は誰だ?主人は?屋敷は?国は?)


(、、、どうして僕は壊れていない?あの時確かに建物の崩壊に巻き込まれたはずだ)


 意識がはっきりするにつれ、疑問が次々と湧いてくる。と、その時、ため息をついていた男の視線がこちらに向く。


(気づかれた!)


フォルは一気に警戒心を強め、いつでも動けるようにする。だがその心配とは裏腹に、男は近づくことなく彼に話しかける。


「やっと起きたか」


想像していた展開と異なり、フォルは頭の上に「?」が浮かんでいそうな表情になる。


「、、、エルガフだ。お前の敵ではない。もちろん、主人でもない。お前、フィノリシアだろ?」


首筋を指差しながら問うエルガフに、少し困惑しながらも頷く。


「フィノリシアは何も栄養を取らなくても生きられると聞いたことがある。何もなしに10年も生きていられるなんて大したものだ。そういえばお前、名前は?」


フォルだと伝えようとしたが、声の出し方がわからないことを思い出した。話そうとしても、口から息が出ていく音が微かにするだけで声にならない。


声が出せないと気づいたエルガフが、紙とペンを渡してくれた。そこにあまり使うことのなかった拙い字で「フォル」とだけ書き込む。


「フォルか、よろしく」


そういって差し出された手を、握り返す。


「割れたやつ片付けるから少し待っててくれ。」


エルガフはさっきの音の正体であろうガラスの破片を見ながらそう言うと、落ち着いた手つきでそれを片付けていく。


フォルも手伝おうと思いベッドから足を出すが、


「お前はそこに座っていろ。」


と言われたので大人しく待つことにした。


 しばらくして、片付けを終えたエルガフが部屋に戻ってきた。フォルは待っている間に紙に書いた質問を見せる。


『主人はどこにいる?ここはどこだ?』


それは目が覚めた時に思った数々の疑問から、特に重要なものだけを選んだ質問だった。


「ここは俺の家だ。お前の主人は10年前の事件で死んだ。瓦礫が多すぎて見つけられなかったが、あれで生き残るのは無理があるからな。他に質問はあるか?」


エルガフは簡単に答えると、追加の紙を渡して、そう聞いてくれた。そこでフォルは、自分に関する質問と、さっきの答えから生まれた新たな疑問を書くことにした。


『国はどうなった?僕はどうしたらいい?』


「10年前、ルーベンゼル王国は大規模な火災に呑まれて消えた。家も人もすべて燃え、生きている人はいなかったらしい。」


フォルはその話を聞いてあの日見た景色を思い出しながら話の続きを聞く。


「事件のあと、俺は原因調査のために王国に行くことになったんだ。結局原因はわからなかったが、帰る時にお前がかろうじて息をしているのを見つけた。一緒に来ていた仲間も先に帰っていたから、俺の家に連れていって様子を見ることにした。」


部屋の奥で何か取り出しながら話を続ける。


「いつ目が覚めるかわからないままだったが、今はその心配もいらなくなったな。」


エルガフはそう言うと、フォルに新しい服と、いくらか金が入った袋を渡した。


「お前の目が覚めたら旅に出ようと思っていたんだ。この家はお前にやる。どう生きてもいいが、自分がフィノリシアだということは隠しておいた方がいい。事件の後から敵視する奴が増えたからな。」


質問に答え終わり、出て行こうとするエルガフの服の裾を掴み、引き止める。


「?、、、どうした。」


フォルは急いで伝えたいことを紙に書き、困惑するエルガフの目の前に持ってくる。


『僕も旅に出たい』


『旅の仕方を教えてほしい』


叶うことはないと思っていた夢を、正直に伝える。この人なら、頼ってもいいのかもしれない。そう思って。


「...」


「......」


やっぱり調子に乗りすぎた


と諦めかけたその時、長い沈黙は破られた。


「、、、その、、よかったら、お前もついてくるか?」


少し恥ずかしそうにエルガフは言った。その言葉が新たな希望となって、フォルの心を、未来を、明るく照らす。


炎と悲鳴に包まれたあの時よりも、ずっと大きく、明るい希望だった。


フォルはその言葉に目を輝かせながら、大きく頷く。




こうして、彼らの旅は始まりを告げた。

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