第3話:しらたき密議(みつぎ)
おでん鍋の中は、深夜の静寂とともに熱い湯気がゆらめいていた。
薄暗い屋台の灯りが、鍋の表面を優しく照らす。
そんな中、一人の具がゆっくりとその透明な身体を揺らしていた。
それはしらたき。
かつて勇者だった彼が、今ではこのおでん鍋の中で日々を過ごしている。
「みんな……もう、これでいいのか?」
しらたきは静かに語りかけた。
「ここでじっとして、味が染み込むだけの毎日を送るのか?」
隣に浮かぶちくわが、少し驚いた表情で答える。
「それが、俺たちの役目だろう?勇者よ。」
「役目……? 本当にそれだけでいいのか?」
しらたきの問いは、鍋の中の具たちの心に波紋を広げた。
「俺は、あの伝説の場所を知っている。」
こんにゃくがぷるぷると震えながら言った。
「冷蔵庫だ。あそこに行けば、いつまでも新鮮でいられるって話だ。」
がんもどきがその言葉を聞いて、眉をひそめた。
「冷蔵庫……? そんな場所に希望を託すのは愚かだ。」
「なぜだ?」
「冷蔵庫は、遠く、冷たく、そして……危険な世界だ。俺たちのだしのぬくもりを捨ててまで行く価値があるのか?」
しかし、しらたきの目は燃えていた。
「俺は、ただの具で終わりたくない。伝説は自分で作るものだ。」
その言葉に、鍋の中の空気が一変した。
「そうだ、俺たちにはまだ戦いが残っている。」
ちくわが声を強めた。
「だしの中で、俺たちは鍛えられ、味わい深くなる。しかし、もっと大きな何かがあるはずだ。」
その時、鍋のフチが揺れた。
ひとすじの光が差し込み、熱い湯気の間から一本の串が現れた。
それは、運命の刺客だった。
「さあ、決断の時だ。」
串は静かに言った。
「煮えきれぬ者よ、進むべき道を選べ。」
具たちは息をのんだ。
しらたきは、ゆっくりとその身を伸ばし、決意を胸に叫んだ。
「俺は行く! この鍋を出て、新たな伝説を刻むために!」
その声が、だしの中に強く響いた。
ちくわも続いた。
「俺も共に行こう。勇者としての誇りを胸に。」
がんもどきは、一瞬迷ったが、やがて静かにうなずいた。
「ならば、我も行く。魔王の意地を見せてやる。」
鍋の中の仲間たちが、ひとつになり、動き始めた。
湯気が渦巻き、だしの香りが高まる。
彼らの冒険は、今、始まったのだ。
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