天獄ROCK(旧版)

辛子麻世

第0章『夢か命か』

Scene.00──死神とギターと、夜のはじまり

 白い天井を、ぼんやりと見つめていた。

 病室の壁時計は、さっきから五分以上まったく見ていない。なのに、音だけは耳にこびりついて離れない。


 カチッ……カチッ……。


「……篠坂さん、ご両親にもお伝えしましたが、改めてご本人にもご説明させていただきます」


 担当医の声は、妙に丁寧だった。冷静で、優しくて、……だからこそ嫌だった。


「手術をしなければ、喉の腫瘍は呼吸器を圧迫し、最悪の場合、命の危険があります」

「……」

「ただし、仮に成功しても、声帯へのダメージは避けられない。発声機能を……失う可能性が極めて高い、というのが現時点での医学的な判断です」


 世界が、音をなくしたみたいだった。

 でも、音は消えていなかった。

 ただ、私の中で“聞きたくなかった音”だけが浮き彫りになっていた。


「……歌は……」


 母が、絞り出すように尋ねた。

 私は、声を出せなかった。聞くのが怖かった。

 けれど、医師はためらわなかった。


「歌うという行為は、ほぼ……不可能になるでしょう」


 そう言われた瞬間、胸の奥で何かが壊れる音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る