『転生したらゴキブリだったけど、人間の妹に追いかけ回されながらも台所でパンくず探して生き延びる毎日が思ったより楽しい件』

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

第1話『目覚めたら小さな黒い体』

ぼくの名前はハルキ。中学一年生の、ゲームとカップ焼きそばが大好きな普通の男の子……だった。


目が覚めたとき、いつもの天井じゃなくて、暗くて冷たいコンクリートの隙間の中にいた。


「……え?」


声を出そうとしたのに、声が出ない。

その代わり、口からは小さなカサカサした音がした。


体を動かそうとすると、いつもの腕や足じゃなくて、

「バサッ」

と、何かが動いた。


ぼくは、小さな小さなゴキブリの体になっていたんだ。



「う、うそだろ!? なんでゴキブリになってるんだよ!?」


声に出せないけど、頭の中で叫び続けた。

体を見てみると、黒くてツヤツヤした体に、細くて速そうな足が6本。

そして、背中には薄い羽がついている。


「え、まさか、転生……?」


昨日、深夜に読んでいた“転生したらスライムだった件”の小説のことを思い出す。

でも、スライムじゃなくて……ゴキブリ!?


さすがにこれは無理だろ、と思ったけど、どうやら本当らしい。


「うわ、動ける……速っ!」


ぼくはコンクリートの隙間を飛び出し、廊下を全速力で走った。

自分の家の廊下だ。なのに、すべてが巨大で、ぼくはチョロチョロと走りながら、まるでジェットコースターに乗っているみたいにスリルを感じた。



でもそのとき、


「きゃあああああ!! ゴ、ゴ、ゴキブリィィ!!」


妹のユイの叫び声が聞こえた。


「ま、待て、ユイ! ぼくだ! ハルキだってば!!」


そう思った瞬間、ユイが持っていたスリッパが空を切り裂いて迫ってくる。


「うわああああ!!」


ぼくは咄嗟に横に飛び退くと、スリッパが床に「バンッ!!」と衝突した。

風圧で吹き飛ばされそうになったけど、すぐに足で踏ん張って走り出した。


「ゴキブリぃぃぃ!! どこ行ったの!? どこ!? ……うわああ、怖いぃぃ!」


ユイが半泣きで探している。

ぼくは息を整える暇もなく、冷蔵庫の裏へと逃げ込んだ。



(やばい、これマジでどうしよう……)


でも、不思議と体が軽くて、壁だろうが垂直だろうが登れてしまう。

天井を逆さに歩くことだってできた。


「すごい……これがゴキブリの能力……」


そのとき、冷蔵庫の奥で、別のゴキブリと目が合った。


「や、やぁ……」


もちろん、言葉は通じない。でも、不思議と心が読めるような気がした。


(お前、新入りか?)


(え……!? 喋れるの!?)


(いや、声は出ないけど、同じゴキブリ同士、気持ちは伝わるんだよ。)


目の前のゴキブリは、なんだか優しい目をしていた。


(ここは人間がいっぱいで危ないから気をつけろよ。あいつら、見つけたらすぐに叩き潰してくるからな。)


(……うん。)


ぼくは初めて、自分が本当に“ゴキブリ”になってしまったことを実感した。



「でも、待てよ……ゴキブリって汚いって言われるけど、本当にそうなのかな……?」


目の前のゴキブリは、よく見ると小さくて黒くて、ピカピカしている。

不思議と汚くは見えなかった。


それどころか、必死に生きようとする強さが伝わってくる。


(お前、名前は?)


(ハルキ……だった。今はゴキブリだけど。)


(ハルキか。俺はクロスケだ。こっちの世界で生きるコツ、教えてやるよ。)


クロスケがクルリと体を回転させると、そのまま壁を駆け上がっていく。

ぼくも慌ててついていく。


人間の頃には感じたことのないスピードと、自由さ。


壁なんて関係ない。天井だって滑り落ちない。

ほんの少しの隙間があれば、どこへでも行ける。


(俺たちゴキブリは、小さいけれど、どこでも生きられるんだ。)


クロスケが心の中で笑った。


ぼくも思わず笑ってしまった。


「なんだか、面白くなってきたかも……!」


そう、ぼくの“ゴキブリ生活”が、今始まったばかりなんだ。

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