第二話 カヴエル1
用事を終えて外出許可を取ったカヴエルは、下界へと降り立った。この時点でルイエスが降り立ってから二日が経過していた。だが、カヴエルは用意周到で無問題だった。
「はい、じゃあ今日は転校生を紹介するぞー」
担任の声を聞いて教室に入る。教室に入ると、生徒たちはざわつく。亜麻色の髪の、瞳の大きな可愛らしい少女。華奢な体に制服を着こなしている。カヴエル改め、天道志乃という名前だ。
「初めまして! 天道志乃です!」
「あそこの空いてる席につけー」
偶然にも、空いてる席は鈴木瑞樹の隣だった。これも何かの縁だろうと、志乃は神様に感謝した。
「よろしくね」
「あ、うん。よろしく」
志乃の外見のよさに、瑞樹は少し照れていた。が、いくら一目惚れをしたとしても、突然彼を襲うような真似はしない。志乃はつい先日のルイエスの失敗を天界で見ていて呆れていた。
「あ、教科書ないや。見せてくれる?」
「い、いいよ!」
「ありがと! 瑞樹くんとは、いい友達になれそう!」
「あ、え、僕、名前言ったっけ?」
おっと、凡ミスをした。このところ仕事続きで疲れているのかもしれないな。志乃は自身の疲労を実感しつつ、焦らないで紛らわす為の言葉を選択する。
「先生教えてくれたよ。隣の席の名前は」
「あ、そうなんだ。いやぁ、一昨日くらいに変な人に絡まれてさ、疑心暗鬼になってたかも、ごめん」
「全然! これからよろしく!」
志乃は恋人ではなく友達というポジションを選んだ。まぁ当たり前と言えば当たり前なのだが。
志乃の作戦は北風と太陽作戦だ。物事を進める上で、力ずくで行ってはならない。ゆっくり着実に実行する方が最終的に大きな利益を生む。という教訓を元に、まずは瑞樹の友達。それから徐々に親睦を深めていく。
長期戦にはなるだろうが、これでルイエスも分かることだろう。そして、もう少し大人しい悪魔になることだろう。
果たしてその作戦は上手くいった。日を重ねるごとに志乃と瑞樹の親密度は上がっていった。
志乃が転校してきてあっという間に二か月が経過した。二か月も経過したら慣れたものだった。ルイエスは何をしているんだ、と思い始めていたが、日々の生活をこなすのに忙しくて、様子を見に行くまでには至らなかった。
あれから志乃は瑞樹と仲良くなっていった。何をするにも一緒、という訳ではなかったが、なるべく瑞樹の近くにいた。二人は恋人なのではないか、という噂がされてくると、志乃は勝利を確信せざるを得なかった。
ある日のことだった。志乃は瑞樹と帰り道が同じという設定だったので、一緒に帰路を辿っていた。志乃は先に大人の体で、瑞樹の家のさらに先にあるアパートを借りていた。
「今日の体育、楽しかったね」
「志乃は運動得意だからね。僕は普通かな」
運動神経に留まらず感想までもが普通なのか、と志乃は思った。二か月一緒にいて分かったが、もはや彼の平凡さは常軌を逸していた。
志乃は、こういう二人でいれる状況を大事にしていた。というのも、志乃は外見も性格もよかったので、校内では暇がないくらい人気者だった。瑞樹の好きなタイプは普通に可愛い子だったので、彼だけにモテるというのは、なかなか難易度が高いのだ。
まぁ、上手くいかなくても生徒の記憶を消して終わりだし、という感じで志乃は案外気楽に構えていたが。
「そんなことより、里美ちゃんと悠雅くん付き合ったんだって!」
「へぇ。……女子ってそういう話好きだよね」
恋愛話に持っていきたくても普通の話になってしまう。普通の定義というのは時代ごとに異なる。現代の普通の男子というのは、少々厄介な程に真面目というか、志乃はそんな気がした。
「瑞樹はさ、そういうの興味ないの?」
「え、ぼ、僕? なんで?」
瑞樹があからさまに動揺を見せたので、志乃は思わずにやけてしまった。ここは追い打ちをかけるべきか。
「クラスで噂だよ。私と瑞樹が付き合ってるんじゃないかって!」
「え、僕たち?」
瑞樹の動揺は消えて、きょとんとした顔になる。
「僕たちは親友じゃないか」
瑞樹がさも当たり前という表情になったのを見て、志乃はみすった、と思った。どうやら二人は、愛情ではなく友情を高めていたらしい。上がった親密度は恋人ではなく親友という形になってしまった。
しかし、それならどうすれば恋人まで漕ぎつける? まだ挽回の余地はあるのか、それすらも分からなくなっていた。
「あー、うん、そうだね」
「どうかした?」
「いや」
この鈍感男は、流石の私でも一筋縄ではいかないかもしれない。しかし、まぁ焦らずじっくり進めろという神の意志だろう。
志乃のゆっくりじっくり進めていこうという考え自体は間違いではなかった。しかし、次の日、またしても転校生がやって来て事態は一変することになるとは、マイペースな志乃は思いもしないのだった。
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