はじめての星間戦争

夢見楽土

第1話 巡視艇アルシア

 火星共同警備隊巡視艇アルシアの新米航宙士官、西さいごうあきら少尉は、乗組員3人が並んで座る操舵室の真ん中の席で、床に敷かれたベッドのような形になっている座席に、座るというよりあお向けに寝転んでいた。


 ゴーグル型端末に映し出され、手元にあるように見える仮想操作卓のモニタの数値をチェックする。


 姿勢制御に伴うGで、ベルトで座席に固定している体が僅かに浮いた。


 今の仰向けの姿勢から見て正面、操舵室の天井にある共有ディスプレイには、巡視艇アルシアの前面方向の宇宙空間が映し出されていた。


 ディスプレイの右側に見えていた小さな地球がいなくなり、見慣れた火星の姿がディスプレイの左側に現れた。


 アルシアは、地球方面に向けていた艇首を、火星方面に回頭した。


「姿勢制御を完了しました。誤差は許容範囲です。主推進機の点火予定時刻まであと30秒」


 西郷が、自分の左手側に寝転んでいる艇長、ふか聡一そういち大尉に報告した。


 深瀬は30代。比較的小柄で優しそうな顔立ちだ。性格も温和そのもので、慣れない西郷を何かとサポートしてくれていた。


「はい、それじゃあ熊さん、0秒で点火よろしく」


 深瀬が西郷越しに西郷の右手側に寝転ぶ機械員長、くま義成よしなり兵曹長に声を掛けた。


 熊野は60代。地球出身で体は縦にも横にも大きい。ごま塩頭にギョロ目の髭面という顔立ちは、何となくダルマを想起してしまう。


 外見はいかついが陽気な性格で、警備隊内では「熊さん」の愛称で親しまれている。


「0秒で点火します。推進系異常なし。さあ、アルシアお嬢様のご機嫌はどうかな? ……まもなく5秒前。3、2、1、点火」


 熊野が野太い声で復誦ふくしょう、カウントダウンを行い、仮想操作卓で点火操作を行った。


 一瞬の静寂の後、うなるような音とともに操舵室内に振動が伝わり、寝転んでいるシートの背中方向へのGがかかり始めた。


「お疲れ様。今日のアルシアさんはご機嫌が良かったみたいだね。よいしょっと……コンテナ群に会うのは何時間後だったっけ?」


 ベッドのような座席から立ち上がり、頭上の共有ディスプレイを見上げながら、深瀬が西郷に聞いた。


「はい。4時間後にE8706-10Mコンテナ群と邂逅かいこう予定です。20時間後には船団と邂逅予定です」


「このために15日間の航宙。やれやれといったところですな」


 熊野がシートに胡座あぐらをかいてタメ息をついた。深瀬が笑う。


「まあ、コンテナ群は別として、地球からの大事なお客様が乗ってる船団のエスコートだ。仕方ないさ」


 西郷もシートに胡座をかいて話に加わる。


「いくら過去300年で一番の火星-地球大接近とはいえ、『政府』は気合い入れ過ぎですよね。お陰で我々の休暇が吹っ飛んでしまいましたし」


 6日後の8月29日に火星で開かれる記念式典は、火星の施政を実質的に担っている火星共同運営条約機構事務総局の威信をかけた式典だ。


 火星の諸都市は、アメリカ、中国、欧州連邦、インドそして日本のいずれかの領土となっている。


 事務総局は、これら5か国が常任理事国となっている火星共同運営条約機構の手足として、火星諸都市の連絡調整、諸都市の住民に対する公共サービスの提供等を行っている。


 火星の住人は、事務総局のことを単に「政府」と呼んでいた。


 今回の式典には、常任理事国5か国の提案により、各国と火星諸都市との交流に長年貢献した官民の功労者100名近くと、抽選で選ばれた各国一般市民約1000名が出席することになった。


 これだけの出席者が地球から招待される式典は、火星に人類が入植して130年以上の歴史の中で初めてのことだ。


 招待者が乗る船団は、航路上に特段の危険性はないとして、エスコートは付かない予定だった。


 しかし事務総局は、配下の火星共同警備隊の巡視艇アルシアをエスコートとして派遣することを急遽決定したのだ。


 そのため、哨戒任務を終えたばかりだった西郷達は、休暇を取り消され、再び15日間に渡る航宙に出ることになってしまったのだった。


 事務総局のメンツのためのエスコートなら、こんな旧式の巡視艇ではなく、最新鋭の巡視艇や、火星最大の巡視船オリンポス等を使えばいいのにとも思われた。


 しかし、オリンポスをはじめとした主要な巡視船等は、火星周回軌道で船団を迎えての観閲式に臨むことになっていたため、観閲式に参加しないアルシアが選ばれた……


 ……というのが表向きの説明だったが、噂では、急なエスコート任務を皆が嫌がったので、真面目で文句を言わないことで有名な日本人が乗船するアルシアに白羽の矢が立ったのではないかということだった。


「まあ、こんな大役をおおせつかったんだ。微力を尽くすとしようか」


 深瀬がそう言って笑うと、熊野が続く。


「それでは、任務成功を祈って乾杯といきますか」


 それを聞いた西郷は、笑いながら立ち上がった。


「ははは。熊さんの当直明けは必ず乾杯ですね。熊さんは『いつもの』として、艇長はコーヒーでよろしいですか?」


 西郷は操舵室の端にあるドリンクコーナーへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る