そのめにうつして

komeyasai

そのめにうつして


ベッドに入ったが、なかなか眠れない。寝返りを打ち、ぎゅっと瞼を強く閉じると、右目の目頭がちくちくした。


一度気になると、息を吸って体が動くたびに、ちくちくする痛みで、眠気はどこかへ消えてしまった。


ベッドから起き上がり、ライトをつけて鏡を引っ張り出す。顔を鏡にぐっと近づけると、右の目頭の切り込みに黒いものがピタリと入り込んでいる。


慎重に引き抜いたそれは、まつ毛であった。


うっすら目ヤニに覆われたまつ毛を机にこすりつけ、勢いよくベッドに倒れこみ、そのまま暗闇の底へ、すとんと落ちていった。






ある晩、眠りに落ちる直前、また右目が痛くなった。


目を閉じたまま、そっと瞼をうごかすと、ごろごろと明らかな違和感がある。


体を起こしてライトをつけ、鏡をのぞき込む。


下瞼を軽く下げると、その縁に沿って黒い線が見えた。


指の腹でそっとつまむと、ぬっという奇妙な感触とともに、ぬるぬると出てきた。


5センチはあろうかという細い髪の毛だった。






ある晩、右目がチクチクして目が覚めた。


起き上がってライトをつけ、鏡をのぞくと、右目の中に焦げ茶色の点が見えた。


そっとつまむように引いてみると、それは先のとがった細い棒だった。


そのまま引き抜きつづけると、焼き目のついた2,3センチ四方の肉の塊が姿を現した。


炭火焼だろうか、香ばしいにおいが立ち上る。


ネギ・肉・ネギと順番に現れ、ぽん、という軽い手ごたえとともに串が右目から抜けた。


それは仕事帰りに寄ったスーパーで見た、艶やかに照っていた焼き鳥の串だった。


手を伸ばしかけたが、懐事情を思い出し、結局、鳴る腹を押さえて店を後にしたのだった。






ある晩、また右目に違和感があり目が覚めた。


ライトをつけて鏡をのぞくと、黒目の隣に赤いものが見える。


充血かと人差し指と中指の腹を瞼に当てると、赤い突起がにゅっと顔をのぞかせた。


やわらかな抵抗を感じながら、爪の先で引っ張り出すと、ぬるりと赤い箱が飛び出した。


机の上に置いて見ると、それは新型のゲーム機であった。


抽選販売はすべて落選。近所の電気屋にあるとの情報を聞きつけ、大雨の中行列に並んだが、目の前で売り切れた。


小さな子供が満面の笑みを浮かべて抱えるその赤い箱を、悔しさと羨望が入り混じった視線で睨みつけた。






ある日、自分の右目は、目に焼き付いた物をそのまま引き出す装置なのかもしれないと思った。


寝る前に、財布から一万円札を取り出し、穴が開くほど見つめて、ベッドに入った。


しかし、右目から一万円札は出なかった。




翌日も、一万円札をじっと見つめてから、念のために枕の下に忍ばせて眠った。


だが、右目から出てきたのは、何度千円札を握り両替機に走っても、どうしても手に入らなかった、あのガチャガチャの景品、最後の一種類だった。






ある晩、右目の違和感で目が覚めた。


もう慣れたもので、電気も付けず、鏡も見ずに、右目からはみ出している突端をつまみ、そのまま引っ張り出した。


出てきたそれは、ざらざらとした正方形の薄い板だった。


思い当たるものがなく、電気をつけて確認すると、それは友人に誘われて行った美術館で、思わず足を止めて見入った、有名な絵画だった。


明るさの中に、どこか陰をまといながらも強く咲くひまわりが、静かにキャンバスのなかで輝いていた。


その晩は、怪盗になって世界中のお宝を盗みに入る夢を見た。


翌朝、ニュースを見たが、絵画の盗難に関する報道はなかった。


せっかくなので、部屋の目立つ場所に飾った。






ある時、金銭的に苦しくなった。どうしてもあと少し足りない。


少し考えて百貨店の宝石売り場に入った。


ショーケースに整然と並べられた、反射と屈折で光を散らす石や金属をじっと見る。


マネキンのような店員に声をかけられたが、「あはぁ」、や、「えへぇ」、と曖昧な返事でやり過ごした。


その晩、右目からぽとりと出てきたのは、百貨店近くの高架下で露天商が売っていた、南国の海をひと雫すくって封じ込めたような、深い青の石がぶらさがったペンダントだった。






ある日、なんとか工面したお金で、田舎の両親を東京観光に招いた。


両親は、こちらの経済事情を気にして、一万円札を何枚か差し出してきたが、その手をそっと押し返した。


最終の新幹線で両親を見送ったその晩、右目にずしりとした痛みがあった。


右目から飛び出た部分に指を添えると、冷えた金属の感触がした。


つまんで引くと、それは重たく、ぎしぎしと手応えを返してくる。


ずんずん引っ張ると、口から万国旗を吐き出すマジシャンよろしく、ぐんぐん伸びていく。


やがて天井を突き破り、屋根を押し上げ、電線の束を切り裂き、明かり残る高層ビルを抜き、空へ、星へ、伸びていく。



それは東京タワーだった。



数時間前、両親と一緒に見た、ライトアップされた、あの姿であった。




※※※



Switch2買えません…

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