ここで待ってる

三澤いづみ

『ここで待ってる』

1、プロローグ。あるいは最初の物語。



「そんなに急いで帰らなくてもいいのに」


 小学生の頃、拗ねた顔でそんなことを言った友達がいた。

 どこで出会ったのかも、どんな顔だったのかも曖昧で、ただ、その言葉と印象だけが思い出にかすかに残っている。


「龍兎は……なんでそんなに帰りたいの? もしかして楽しくなかった?」


 そのあと、こう訊かれた気がする。当時の俺は、なんと答えたのだったか。


「楽しかったし、俺だってもっと一緒に遊びたい。でも、家族が待っているから」


 もう少しくだけた言い方だっただろうけれど、たぶんそんなふうに返した。

 本当は「遅くなると、お父さんに怒られちゃうから」だったかもしれないし、「夕飯が俺の好きなカレーだったから」かもしれない。


 とにかく俺は家に帰ってしまった。

 そこに、寂しそうにする友達をひとり残して。


 当たり前の話だが、俺は子供だった。

 さかしらぶっている、阿呆な子供だった。


 友達と二度と会えないかもしれないなんて、そのときは考えもしなかったのだ。


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