第19話 予期せぬ出会い、芽生えた共鳴

(現在の美咲)


「虹の広場・音楽と笑顔の家」に、子供たちの元気な歌声が響き渡る。美咲は、そんな賑やかな光景を眺めながら、壁際で楽しそうに子供たちとギターを弾く和也の姿に目を細めていた。彼の屈託のない笑顔を見ていると、美咲は、彼との出会いを鮮明に思い出した。それは、れいさんが旅立つ前、美咲が一人でピアノの修復に奮闘していた頃のことだった。


(回想)


美咲が、初めてあの埃だらけの集会所のピアノを見た時、その修復には途方もない費用がかかることを知った。れいさんが協力してくれることになり、修理を依頼したものの、当時の美咲は、社会人になったばかりで、どこか孤独だった。母を亡くし、心の奥底では、誰かにこの重い荷物を分かち合ってほしいと願っていたのかもしれない。そんな美咲の日常に、和也は、まさに予期せぬ形で現れた。


和也は、美咲が新卒で入社した会社の、同じ部署の同期入社だった。初対面の印象は、お洒落で、どこか今どきの若者という感じ。どちらかといえば控えめな美咲とは対照的に、和也は明るく、誰とでもすぐに打ち解けるタイプだった。最初のうちは、仕事の話以外で深く関わることはなかった。


ある日の昼休み、美咲は、職場の休憩室で、ひなこさんが遺したピアノの写真と、古い集会所の写真を見ながら、ため息をついていた。修理業者から届いたばかりの見積もり書には、想像以上の高額な数字が並んでいて、美咲の胸は重苦しかった。

「どうしたんすか、美咲さん? なんか、えらい深刻そうな顔してますけど」

突然、背後から声をかけられ、美咲は慌てて写真を隠そうとした。振り返ると、和也が、いつもの笑顔でそこに立っていた。

「あ、和也くん。なんでもない、です」

美咲は、ごまかそうとしたが、和也は美咲の手元に目をやった。

「え、何それ? 古いピアノ? あ、もしかして、美咲さんってピアノ弾くんですか?」

和也の好奇心に満ちた眼差しに、美咲は観念した。

「いや、私が弾くわけじゃなくて……これは、亡くなった母が大切にしていたピアノで、これを直したくて……」

美咲は、訥々と、母のこと、阿波座の集会所のピアノのこと、そして「虹の広場」という母の夢のことを語り始めた。最初は、ただの世間話のつもりだったが、話し出すと、美咲の心の中に溜まっていた不安や、誰にも話せなかった想いが溢れ出てきた。


和也は、美咲の話を、意外なほど真剣な表情で聞いてくれた。普段の軽やかな雰囲気とは違う、彼の真剣な眼差しに、美咲は少し驚いた。美咲が話し終えると、和也はしばらく考え込むように黙り込んだ。

「へぇ……美咲さんの、お母さんの夢、かぁ。なんか、いい話っすね」

和也は、そう言って、美咲の手から写真と見積もり書を受け取った。

「ってか、この集会所、ボロボロっすね。でも、なんか味があるっていうか、可能性を感じるなぁ」

彼は、写真の中の集会所の様子を食い入るように見つめ、そして見積もり書に目を落とした。

「うわ、修理費エグっ! ってか、なんで美咲さんがこんな大変なこと、一人で抱え込んでるんすか?」

和也の言葉に、美咲はハッとした。確かに、これまで誰にも相談せず、一人で全てを背負い込もうとしていたことに、初めて気づいた。


「実は、俺、学生の頃、バンドやってて。地域のお祭りで演奏したりしてたんで、ああいう場所には結構思い入れがあるんすよ」

和也は、どこか懐かしそうに目を細めた。

「街中に、もっと気軽に音楽を楽しめる場所があったらいいなって、ずっと思ってたんです。美咲さんの話、なんかすごく共感します」

その言葉は、美咲の心の奥底に、温かい光を灯した。和也は、美咲の抱える重さを、言葉ではなく、共感という形で分かち合ってくれたのだ。


その日から、和也は美咲の「虹の広場」計画に、積極的に関わるようになった。彼は、仕事の休憩時間になると、美咲の元へ来ては「今日の進捗どうっすか?」「何か手伝えることありますか?」と声をかけてくれた。SNSでの情報発信や、休日の集会所の清掃を手伝ってくれるようになったのも、この頃からだった。


美咲は、和也の存在に、どれほど助けられたか知れない。彼は、美咲が一人で抱え込んでいた重い荷物を、いつの間にか、一緒に背負ってくれるようになっていた。彼がいてくれたからこそ、美咲は、れいさんの旅立ち後も、「虹の広場」の夢を諦めずに、前へと進むことができたのだ。


(回想終わり)


(現在の美咲)


「和也くん、ありがとうね」

美咲は、ギターを弾き終えて子供たちに囲まれている和也に、心の中でそっと呟いた。彼がいなければ、きっと、この「虹の広場」は、今のように賑やかな場所にはなっていなかっただろう。


窓から差し込む夕日が、ピアノの鍵盤を優しく照らす。その光の中で、美咲は、母ひなことれいさん、そして和也という、かけがえのない人々との出会いに、改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。彼らとの出会いが、美咲の人生に、そしてこの「虹の広場」に、新しい旋律を奏で続けているのだ。

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