第33話 雪乃の気配

 翌日。


 冷たい風が街を吹き抜ける午後、翔真は小さな商店街の外れを歩いていた。


 昨夜の戦闘の名残か、まだ身体の奥に金属音が残っている気がした。

 胸の青白い脈が時折ひくつき、硬質化した部分が痛みを訴える。


 (御影……)


 昨夜のあの目。


 「どうせ人間になんかなれねぇんだからよ」


 その言葉が、頭の奥で何度もリフレインしていた。


 (俺も、いつか……)


 自分が同じ場所へ落ちていく未来が、妙に現実味を帯びて感じられた。


 そのときだった。


 「……榊くん?」


 不意に名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。


 振り向くと、薄い青色のマフラーを巻いた雪乃がそこに立っていた。


 彼女は小さな紙袋を両手で持ち、少し困ったように微笑んでいた。


 「偶然……だね」


 「……あぁ」


 声がかすれる。


 雪乃は少しだけ歩み寄り、翔真の顔を覗き込むように見つめた。


 「榊くん、最近……なんか泣きそうな顔してるよ」


 胸が痛んだ。


 (泣きそう……? 俺が……?)


 いつも血に濡れた戦場に立って、冷たい鉄と黒い血の匂いの中にいる自分が。


 「……俺は、大丈夫だ」


 そう言うのが精一杯だった。


 雪乃はそっと眉を寄せ、そして小さく首を振った。


 「嘘だよ。……だって目が、すごく寂しそうだもん」


 言葉に詰まった。


 雪乃は何かを決意するように息を吸い込み、それからおそるおそる翔真の手を取った。


 冷たい指先が、雪乃の温かい手に包まれる。


 「榊くんの手、冷たいね……」


 それでも雪乃は離さなかった。


 むしろそっと強く握り返してくる。


 「でも、大丈夫だよ。……ちゃんと、人の手だよ」


 涙が出そうになった。


 自分が化け物である証が身体のそこかしこに詰まっていても。


 この手を握る雪乃は、それをまるごと『榊くん』として扱ってくれた。


 「……雪乃」


 名前を呼ぶ声が、情けなく震えた。


 「榊くんは、ちゃんと優しい人だよ」


 雪乃はそう言って、また小さく笑った。


 (俺は……)


 (まだ、人間でいられるのかな)


 青白い脈がゆっくりと脈動し、その光が少しだけ穏やかに見えた。


 「またさ、今度一緒にどこか行こうよ。……私、榊くんといると落ち着くの」


 その一言が、胸に深く突き刺さった。


 (守りたい――)


 心の底から、そう思った。


 雪乃が笑っていられる世界を。

 自分がこの手で、壊さずに守りたいと強く思った。


 「……あぁ」


 そう答えると、雪乃は嬉しそうに瞳を細めて、小さな吐息を白く散らした。


 商店街の灯りが、二人を包むように瞬いていた。


 胸の奥で青い脈が小さく優しく光り、硬質化した皮膚が少しだけ暖まるような気がした。

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