第35話 咄嗟の機転
ゴンッ!
鈍い音がしてその場に崩れ落ちたのは、下っ端の男だった。
その後ろには鉄パイプを持ったジュエリの姿があった。
「ユウっち、遅いって! マジ心配したやん、もう」
「ごめん、二人を助けてたんだ」
後ろにいたアリサとミナの二人の姿を見て、パッと表情が明るくなるジュエリ。
「あー! アリサさんとミナっち、無事やったんやな!」
しかし二人の服装を見てハッと顔が曇る。
「なんや服が……もしかして、なんか酷いことされたんか?」
「ううん、大丈夫、その前にユウトが助けてくれたから」
「そやったんか、お手柄やで、ユウっち!」
背中をバンッ叩かれる。
俺たちはそのまま体育館へ身を隠した。
ここなら全ての扉を中からカギが掛けられる。
「それじゃ、3人はここに隠れてて。俺はタケルくんを探してくる」
「大丈夫なんか? ウチも行ったろか?」
「いや、ジュエリはアリサとミナと一緒にいてくれないか?」
二人は元気に見えるけど、心身ともに疲弊している感じがする。
「ユウト、私たちは大丈夫。タケル君をお願い……」
「任せたよ、ユウちゃん!」
「ああ、みんなで一緒に家に帰ろうぜ」
そう言って俺は体育館を出た。
内側からガチャリと鍵がかかる音がした。
暗闇の中、懐中電灯の明かりだけを頼りに渡り廊下を進む。
校舎の1階と2階にはタケル君はいなかった。
あと探していないのは、運動場の離れにある用具保管庫と、木造校舎だけだ。
「多分、お頭たちがいる木造校舎の中だろうな……」
俺は慎重に進んでいるつもりだった。
お頭の一派が近づいてくる場合は、必ず松明なり明かりを持っていると思っていたからだ。
暗闇の中、それに気付いたのは地面から感じたわずかな振動だった。
ドドドドドドッ
咄嗟に横へ飛びのくと、俺のいた場所を巨体が通過し、校舎の壁に激突した。
ドゴゴゥッ
「な、なんだぁ!?」
俺はこの感覚に覚えがあった。
この世界で目覚めた初日の夜にも、同じように巨体をよけた記憶がある。
「うそだろ……グレート・ボアか?」
懐中電灯を校舎へ向けると、崩れたがれきの中でグレート・ボアがゆっくりと旋回していた。
俺は間髪入れずに走り出す。
その時、木造校舎の方面からお頭の怒号が聞こえた。
「魔獣の侵入を許したのか! ええい、くそっ、門番は何をしてやがったんだぁ!」
複数の松明の明かりが右往左往しながら散らばっていく。
どうやら侵入した魔獣は2頭以上いるようだ。
「ぎゃあっ!」
「た、助けて……!」
校庭では下っ端たちの悲鳴が聞こえてくる。
身の危険は感じるが、この混乱に乗じてタケルくんを探すチャンスが来たとも考えられる。
俺は
「校庭に2頭、入り口の鉄門付近に1頭か……」
原因は俺らが門を開け放してたからだろうな。
まぁそれを謝る気にもならないが。
校舎の角に隠れていた俺を見つけ、グレート・ボアは一直線に突っ込んでくる。
「あっぶねっ!」
間髪入れずに横に転がって避ける。
すぐさまその場を離れるが、向きを変えたグレート・ボアは執拗に追いかけてくる。
「しつこいな、本当に!」
奴の鼻がいいのか、姿を隠しても的確に詰め寄ってくる様はかなりの恐怖だ。
このままじゃじり貧だ、どうする?
走る先にコンクリートで出来たプールが視界に入った。
プールゾーンは入口が上り階段になっており、金網で囲まれている。
「あそこだ!」
俺はプールへの階段をかけあがり、側面の金網に足を掛けるとそのまま金網越しに用具倉庫の屋根に飛び移った。
それと同時にコンクリートの壁に大穴を開けるグレート・ボア。
ドゴゴゴゥッッ!!
「うわわわっ」
その揺れで屋根から落ちそうになるのをぐっとこらえる。
俺は腰に下げた袋の中からスリンガーと羽矢を取り出し、狙いを定めた。
「これで効かなきゃお手上げだな」
スリンガーを限界まで引き絞ると、奴の身体を狙って羽矢を発射した。
ズビシィッ!
「グボォォオオォォオォ」
グレート・ボアは少し体をくねらせると、痛みに耐えるかのようにその場に固まった。
これは効いてるな。
俺は第二、第三の矢をスリンガーにセットすると、矢継ぎ早に奴の横っ腹めがけて射出する。
「ゴアァァアアァアァアァアァア」
そのまま横倒しに倒れるグレート・ボア。
よく見ると倒れはしたものの、腹が上下に動いている。
とどめを刺すまではいかないが、足止めにはなったようだ。
「さぁ、タケルくんを探さないと……」
俺は倒れたグレート・ボアを横目に、木造校舎のほうへ走っていった。
◆◆◆◆◆◆
「ね、ねぇ、さっきから外、騒がしくない?」
暗い体育館の中で、懐中電灯に照らされたミナが言った。
時折起こる地響きのような震動が、過去幾度か経験した魔獣との攻防を想像させる。
足元の低い位置にあるガラス窓から外を覗くアリサ。
「なんか……大きい影が動いてる。もしかして、魔獣が入ってきたのかも」
雲が晴れて月が出てきたのか、辺りがうっすらと見え始めていた。
「あれは……グレート・ボア」
「うそやろ……魔獣までおいでになったんか!」
ジュエリが呆れながらそう言った。
「大丈夫……だよね?」
「全部のカギは締まってるから、ここには入ってこれないと思うけど……」
「とりあえず、気配は消しとかなあかんやろな」
3人は体育館の中央でじっとしていた。
外から下っ端の断末魔や指示を出す声が引っ切り無しに聞こえてくる。
ゴゴォォンッ
突如、体育館の鉄扉から大きな音が聞こえ、3人は身をこわばらせた。
扉の外側から何かが衝突した音だというのは容易に分かった。
一瞬の静寂の後、再び鉄扉が大きな音を上げる。
ゴォォゥン! ゴゴォォゥン!
「ね、ねぇ、これってもしかして……」
「も、もしかしなくても、アレやんな」
ドゴァアアァァンッ ゴアン ゴァン ゴアン……
跳ね飛ばされた鉄扉が床の上で盛大に転がった。
入り口にはうっすらと月明りを浴びた巨体がシルエットとなって映る。
「に、逃げるで!」
ジュエリの声にアリサとミナは立ち上がり、入口とは逆方向にあるステージのほうへ走った。
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