4章『俺の手を汚す必要はないよ』
第29話 騒動の前触れ
ジュエリがやってきて数日が経とうとしていた。
「なぁなぁ、みんなけっこう髪のびてきてへん? 普段どないしてんの?」
「んー、そういえば髪は特に何もしてないな」
「ほなウチが切ったろか? 意外と器用なんやで」
「え、散髪できるのか?」
俺は驚いてジュエリに尋ねた。
「あははっ、さすがにプロみたいなんはムリやけどな? でもウチ、ずっと自分で切ってたし、それなりにはイケるで?」
そう言って俺を椅子に座らせ、器用に伸びてきた髪を切り揃える。
少し不安だったが、チョキチョキと鳴るはさみの音がなんか懐かしく、そのまま身を任せた。
「出来たで、結構ええんちゃう?」
鏡を見るとサッパリした俺が映っている。
イメージが崩れることもなく、より清潔感が増したような気がした。
「全体的にちょい2センチくらい切っといたで。ユウっち、こういうのが似合うってウチ、思っててん」
「いや、予想以上だよ、ありがとうな」
一瞬、ジュエリは驚いた表情を浮かべたが、すぐにニンマリと笑顔になった。
「へっへー、お礼はまた今度な」
「あー、ユウちゃん、さっぱりしてる!」
その場を通りかかったミナが俺の頭を見て声を上げた。
「ジュエリ、ミナの散髪もお願いできるか?」
「お安い御用やで」
「え、いいの?」
「お代は要らへんよ、全員髪整えたるわ」
そう言って笑顔でミナの髪を切り始めた。
少し長くなった髪が煩わしかったのか、ミナは嬉しそうだ。
「ユウっち、女子ってな〜見た目キマるかどうかで、その日のモチベ爆上がりしたりするんやで? ほめ言葉ひとつで仕事効率ちゃうんやから、ちゃんと気ぃ使ってあげな」
「お、おう、覚えておくよ、ありがとな」
その後、ジュエリがみんなからスタイリスト扱いされるようになったのは言うまでもない。
◆◆◆◆◆◆
「あの、ユウトさん、ちょっといいですか?」
ある日の夕方、ショウコから声をかけられた俺は、寝具売り場に連れてこられていた。
「タケルが言ってたんですが、向かいにあるマンションで何かが光ってると……」
「何かが光ってる?」
ショウコは道路を挟んで建っている6階建てのマンションを指差した。
駐車場を挟んでいるため結構な距離があり、細かなところまでは見えない。
「ここ最近、夕暮れ時になると毎日だそうです。一応、お耳に入れておこうかと」
「ちょっと気になりますね、ありがとうございます」
何かが反射しているだけかもしれないが、今まで生活してきて一度も気づかなかったというのも少し不自然な気がする。
「それは怪しいでござるな、今から見に行ってこようぞ」
俺はダリオとゼッドに相談してみることにした。
「見回りから帰ってきたばかりなのに、すいません」
「お気になさるな、それじゃダリオ、頼んだぞ」
「お、俺が一人で行くのか?」
「拙者は今日の獲物を解体しなきゃならぬ、これが効率化というものよ」
「まぁいいけどよ。俺に一番でかい肉、取っといてくれよな」
こうしてダリオは足早にマンションへ向かっていった。
時間がかかるかと思いきや、ものの30分ほどでダリオは戻ってきた。
「ダリオ、どうだったでござるか?」
「一応、マンションの周辺も見てきたんだけどよ、生存者も魔獣も特に見当たらなかったな」
「そうですか、わざわざありがとうございます」
「ただ、マンションの屋上にこんなものがあったぜ」
ダリオはビニール袋をを差し出した。
中には空の缶詰が複数個入っている。
「ゴミ……ですか?」
「誰かがそこにいたって証拠だな。空き缶が腐食もしてないし、もしかしたら俺らを監視していたのかもしれん」
「監視……」
真っ先に『クロイワ連合』の連中が頭に浮かぶ。
「まぁ決まったわけじゃないが、警備は強化しておいたほうがいいかもな」
「同意、ただし無用な心配はかけたくない故、ここだけの話にしておいたほうが良いでござる」
「そうですね……しばらく様子を見て、みんなには折を見て話しましょう」
俺たちの話し合いは、夕飯の準備ができたことを知らせに来たサクラの声で中断することになった。
◆◆◆◆◆◆
「なぁなぁ、ウチでも物資集めとかイケるんかな?」
肉と野菜がふんだんに使われた焼うどんを食べながら、ジュエリが尋ねてきた。
「ん? そうだな、ジュエリの観察眼があれば十分出来ると思うぞ?」
「ほんま? ほなさ、次に物資取り行くときウチも一緒に連れてってよ」
キラキラした目で俺を見るジュエリ。
突然のお願いに困惑していると、セラがぼそっと言った。
「どうせ、行きたいとこが、あるんでしょ?」
「あははっ、先生にはバレバレやな〜! ほんまその通りやで」
頭をかいて照れ笑いするジュエリ。
「行きたいって……どこに?」
「前にも言うたかもやけど、ウチな〜、どうしてもスカイツリー見てみたいんよ。ひとりで行こ思たけど、ここから歩いたら半日かかるらしいやん? それはさすがに無理ちゃう?ってなってん」
「ああ、言ってたな。スカイツリーか……俺も間近では見たことないなぁ」
俺の反応を見てジュエリが色めき立つ。
「な? な? 物資集め行くついでにさ、ぴゅーんって寄ってけたりせぇへんの?」
「んー、バイクなら2~3時間で着けると思うけど……」
「お願いっ! ホンマになんでも手伝うから〜! ウチも連れてってぇな」
目の前で手を合わせ、俺に懇願してくるジュエリを見ると、無下にはできなくなる。
「まぁ連れて行くのはいいけど、ここの仕事とかは大丈夫?」
「最近、ジュエリちゃん凄く頑張ってるわよ。少し羽を伸ばしてもいいんじゃないかしら」
サクラの言葉にジュエリはむず痒そうな表情で照れた。
ショウコやアリサ、ミナも首を縦に振っている。
「ジュエリちゃんが来て、ここもすごく華やかで居心地がよくなってきたわよね」
「そうそう、それに遊びじゃなくて物資調達に行くんだから、いろいろと仕事を覚えるのにもいいんじゃないかな?」
「いがいと、ジュエリは、まじめ」
次々と放たれるジュエリを褒める言葉に、赤くなったジュエリは両手で顔を隠して耐えていた。
「あ、あんまり褒めんといて……」
「みんなもこう言ってくれてるし、それじゃ明日は二人で都内のほうへ行ってみようか」
「ホンマに!? やば〜! ウチ、ガチで嬉しすぎるんやけどっ」
喜ぶジュエリの姿を、みんな温かい目で見守っていた。
突如決まった都内への遠征、そして姿が見えない不気味な監視者の存在。
これが後日、この世界で一番長い1日の前触れになることを、まだ俺は気付いてはいなかった。
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