第13話 繋がる未来(絆の坂道)
美咲が中学生になり、ひなこの日常はさらに変化していった。反抗期とまではいかないものの、スマートフォンや友人との時間が優先されるようになり、ひなこと健太にべったりだった幼い頃とは違う、新しい距離感が生まれていた。ひなこは、仕事の忙しさに加えて、思春期の娘との接し方に戸惑うこともあった。
(これもまた、新しい坂道なんやな。子育てって、ほんまに終わりがないなあ…)
ある日の夕食時、美咲が突然、東京から離れた地方の高校への進学を考えていると切り出した。
「寮があるから、一人暮らしができるねん。そこで、もっと色々なことを学びたい」
ひなこは、その言葉に内心動揺した。美咲が自立したいと願う気持ちは理解できる。しかし、まだ幼く感じていた娘が、自分と同じように遠い場所へ行こうとしていることに、言いようのない寂しさと不安が押し寄せた。
健太は冷静に美咲の考えを聞いていたが、ひなこは思わず口を挟んだ。
「なんで、そんな遠くの高校に? 大阪の高校やったら、いつでも帰ってこられるのに…」
美咲は、少し不満そうな顔をした。
「ママも、高校卒業したら東京に出てきたんやろ? 私だって、もっと広い世界を見てみたいねん」
美咲の言葉に、ひなこはハッとした。まさに、高校生だった自分がれいに対して抱いていたのと同じ感情だった。
【回想:第3話 高校生活(旅立ちの坂道)】
高校三年生になる前の春休み。ひなことれいは、いつもの秘密の教室で過ごしていた。ひなこは、「私、東京の大学、受けてみようかなって思ってて…」と、れいを前に切り出した。れいは、「そうなんや」とだけ言った。あの時、れいの反応に、ひなこは胸の奥がチクリと痛んだ。「私たち、離れても、ずっと友達やんな?」と問いかけるひなこの手を、れいは何も言わずにそっと握ってくれた。その手に込められたのは、言葉以上の確かな絆だった。
そして、桜舞い散る大阪を離れ、ひなこは東京へと旅立った。あの時のれいの顔、交わした最後の握手。不安な旅立ちの先に、れいとの**“約束”**が、いつも心の支えだった。
美咲もまた、自分と同じように、新たな世界への**「旅立ちの坂道」**に立とうとしているのだ。ひなこは、あの時のれいの気持ちを初めて深く理解したような気がした。寂しさや不安はあっただろうに、決してひなこを引き留めず、静かに応援してくれたれいの優しさ。
その夜、ひなこはれいへ電話をかけた。美咲の進路の悩みを打ち明けると、れいは電話口で静かに笑った。
「そりゃあ、美咲ちゃんもひなこの子やもん。行動力あるやろ。あんたが東京行くって言った時、私も寂しかったけどな。でも、ひなこが自分で決めたことやから、応援したかったんや」
れいの言葉は、ひなこの心を温かく包んだ。
「あの時のれいみたいに、私も美咲を応援してあげられるかな…」
「大丈夫やろ。親やもん。寂しい気持ちはあっても、一番に美咲ちゃんの幸せを願っとるんやから」
れいの言葉に、ひなこは勇気をもらった。
健太もまた、ひなこと同じように美咲の成長に戸惑いを感じていたが、ひなことの話し合いの中で、少しずつ「親としての見送り方」を考えていくようになった。週末には、家族三人で美咲が興味を持つ高校のオープンキャンパスに出かけたり、家族会議を開いて美咲の考えをじっくり聞いたりした。
「美咲が、そこで何を学びたいのか、どんな自分になりたいのか、ちゃんと考えてるなら、ママとパパは応援するよ」
ひなこがそう告げると、美咲の顔に、初めて本当の笑顔が浮かんだ。その笑顔は、かつてひなこが新しい挑戦へ向かおうとした時と同じ、希望に満ちた輝きを放っていた。
美咲は、その高校の受験に合格し、春には寮生活を始めることになった。引っ越しの準備をする美咲の後ろ姿は、ひなこが東京へと旅立った、あの日の自分と重なって見えた。
【回想:第11話 共生と感謝の坂道(一人ではない道のり)】
人生の様々な「坂道」を上り、下り、立ち止まりながら、ひなこは常に誰かの支えがあったからこそ、ここまで歩んでこられたのだと実感していた。出版社での仕事の成功も、家庭での困難を乗り越えられたのも、全ては誰かとの繋がりの中で生まれたものだった。あの坂のてっぺんでれいと交わした**“約束”**が、その真理をひなこに教えてくれたのだ。「人は一人では生きていけない」。その言葉の意味を、ひなこは心から理解していた。
引っ越しの日、美咲を乗せた車が、ひなこと健太の家からゆっくりと離れていく。ひなこは、手を振りながら、遠ざかる車の後ろ姿をずっと見送った。胸の奥には、美咲の成長への喜びと、巣立っていく寂しさが入り混じる。だが、それは決して、孤独な感情ではなかった。
ひなこの人生は、これからも様々な**「坂道」が続くだろう。美咲の成長、健太との夫婦関係、そして自身のキャリア。だが、ひなこはもう、一人ではない。あの桜川高校の坂の上で交わした“約束”は、時を超え、形を変え、ひなこの人生の道しるべとなり、心の奥底で輝き続けている。そして、これまで築き上げてきた数え切れないほどの“絆”**が、ひなこの心を常に温かく照らし続けるだろう。
ひなこは、隣に立つ健太とそっと手をつないだ。繋がれた手のひらから伝わる温もり。この温かさこそが、これからも続く**「絆の坂道」**を共に歩んでいく力となる。ひなこは、家族と共に、新たな未来へと続く坂道を、これからも上り続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます