第11話

 日を置かずに河川の増設工事が始まっている。


「あれは褶曲構造だ」断崖に露出した地層を指さしてユウはいう。「地層は時間をかけて堆積する。泥層、砂礫、火山灰、様々なものが堆積して、縞模様を描き、その時代の周辺環境を教えてくれるんだが、プレート同士のぶつかり合いの影響を受けて歪んで、波模様を描いたりする」


「だからなに?」ジェシカの眉間にしわが寄っている。


「だから、この星には大陸を動かすプレートがあって、それとぶつかり合う海を動かすプレートもあるんだな、と確信するわけだ」


「面白いのか、その話?」

「面白いだろ」

 ユウは立ち上がって、

「過去を知り、未来を予測する、覚悟をして、備えをすれば憂えることは一切ない。それが地学の真髄だ。それを知らない人間が下らないことに狼狽えるんだ。心穏やかに生きたいのなら地学を学べ。自然の雄大さの前では人間なんぞちっぽけだぞ」


「はいはい」とジェシカがぞんざいに手を振った。


「バカ野郎」とユウは腕を振り、「そんなだから人類は世界に敬意を払えず、素晴らしさもわからず、星を食い潰していく一方なんだよ」


 ユウは遠くに望める地層を指さし、


「もっと近づこう。きれいな断層が見えるから調べればいろんなことがわかる。おれが地学と世界の素晴らしさを教えてやる」


「一人で行けばいいよ」ジェシカも立ち上がって、詰襟の尻についた埃を叩いて払う。「なんなら手伝ってやろか?」


 二人の足もとには花崗岩の大きな岩塊があって、さらに下では湯気を上げて流れる波濤の飛沫があった。鮮やかな群青の波が白い泡を立てて、渦を巻き、南西方向に流れてゆく。


 ユウは蒸気に霞む対岸の地層を眺め、川面を見、低く呻いて、そこへ踏み出しかけていた爪先を引っ込めた。


「いや」と唇を噛んで首を振り、「いや、いい」

「遠慮することないのに」


 両手を突き出してくるジェシカを躱す。


「なんだよ、おまえを元の世界に帰してやろうとしたのに」

「おれは川から生まれたわけじゃない」

「しかし、飛び込んでみれば案外別の世界に行けるかもしれない」

「いーや、行っちゃいけない世界だろ」


 彼女の手を取り、身体を受け止め、跳ね返し、位置を入れ替え、のしかかられて、倒れてひっくり返り、ころころ転がって、くんずほぐれつ、揉み合っている。


「なんだよー、落ちろよー」

「落ちるわけないだろー」


「ずいぶんと仲がよろしいようで」


 岩場に上がってきたリリアはニコニコと笑っているが、その声音がずいぶんと平淡だった。二人は身を離して岩の上で正座する。


「どうしたんです? もっとじゃれ合っていてもいいんですよ?」

「いえ、リリア、決してそのようなことは……」

「そう? わたしはてっきりジェシカが恋に目覚めたものなのだと思っていたのだけれど」


「いえ」とジェシカは俯く。「そのようなことは……」

「ユウさんも、クロッサス山と工事現場を見たいというからお連れしたのに、まさか現場の片隅で女の子とじゃれ合っているとは」


「はあ」と眉を落として頭を掻く。それだけで返す言葉もない。


「まあ、別にいいのです。ユウさんがそれでご満足なら」すい、とリリアは断層の方を向き、「わたしには仕事がありますので、これにて失礼します」


 するすると岩場を降りていった。


 こほん、とジェシカが咳払いし、


「わたしは行くから」

「おれも行こうかな」


 二人で岩場の上を降りている。

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