泣き虫ショタ皇子の世直し旅~護衛のウサミミお姉さんたちが過保護すぎる件
ケモミミ神バステト様
第一章フロスト村の美少年皇子
第1話 雪と氷のフロスト村
「さっむ……! さすがにこの格好で『龍の背骨山脈』越えは死ねるって!」
あたしの声は、吹きすさぶ風にかき消されそうになった。見渡す限り、白、白、白。天を突くようにそそり立つ純白の山々は、神々しいほどに美しい。だが、ここは旅人に牙を剥く『白き魔境』だ。骨の髄まで凍らせるような冷気が、容赦なくあたしたちの体力を奪っていく。
あたしの名はアリス・ハンゾウ。腰に双剣を差した、兎獣人の忍者だ。
忍者、とは言っても、じいさん(あたしの祖父で、とんでもない過保護ジジイ)の趣味で着させられているこの装束は、実用性なんてあったもんじゃない。下半身こそ動きやすい黒の忍者袴だが、上半身は胸元が大きく開いたバニースタイル。自慢の豊満な胸は惜しげもなく晒され、雪の冷たさが素肌を直撃する。そのせいで、あたしのチャームポイントである赤い兎耳も、ジンジンと痛みを訴えていた。
「文句を言わないの、アリス。任務中よ」
隣を歩く従姉妹のセレナが、澄まし顔で言った。こいつはこいつで、上半身はきっちりした忍者装束なのに、自慢の美脚は黒い網タイツ一枚だ。雪の中、その脚線美を惜しげもなく晒す姿は、寒さを通り越して狂気の沙汰に見える。まったく、じいさんの悪趣味には付き合いきれない。
そんなあたしたちが命を懸けて護衛しているのは、列の真ん中で上等な毛布にくるまり、小さな体で必死に歩いている、我らが主君。
ミツグ・フォン・ミトー様。御年十二歳。
ミトー帝国次期皇帝候補にして、壊れ物みたいに繊細な美少年。
「うぅ……アリス姉、セレナ姉……まだ着かないの……?」
潤んだ大きな碧眼が、不安げにあたしたちを見上げる。その姿は、庇護欲を掻き立てるには十分すぎた。
「もう少しの辛抱ですよ、ミツグ様」
「そうそう! ほら、着いたらあたしがぎゅーってして、しっかり温めてやるからさ!」
あたしがそう言ってウインクすると、ミツグ様はぽっと頬を染めた。か、可愛い!たまらん。
数時間後、あたしたちはようやく山脈を抜け、眼下に目的の村を捉えた。フロスト村。交易で栄えた、と聞いていたその場所は、しかし、まるで家々の墓場だった。屋根には雪が重く積もり、窓ガラスは割れ、活気というものが完全に死に絶えている。
「……なんだい、この村は」
あたしの呟きに、誰も答えなかった。村に足を踏み入れると、その印象はさらに強くなる。道行く村人は数えるほどしかおらず、誰もが地面を見つめて歩いている。あたしたちの姿に気づくと、男たちの視線が一瞬、あたしの胸元とセレナの脚に釘付けになるのがわかった。だけど、その視線はすぐに怯えたものに変わり、彼らは蜘蛛の子を散らすように家の中へ消えていった。
「なによ、失礼な。せっかくの美女二人組だってのに」
「違うわ、アリス。彼らは……何かを極度に恐れている」
セレナが警戒するように杖を握り、銀色の兎耳をぴんと立てる。その時だった。あたしの目が、薪を背負って歩く一人の男を捉えた。筋骨隆々で、厳しい自然に鍛え上げられたであろう精悍な顔つき。無精髭がワイルドで、あたしのタイプど真ん中だ!
「おっと、こんな寂れた村に、食べごろのイイ男がいるじゃないの」
あたしはセレナの制止も聞かず、腰をくねらせながらその男に近づいた。
「ねえ、お兄さん。見ての通り、あたしたちは凍える旅人なの。そのたくましい腕で、あたしのこと……温めてくれない?」
上目遣いで、精一杯の色気を込めて見つめる。いつもなら、これで大抵の男は鼻の下を伸ばすはずだった。だが——。
「……よそ者か。悪いことは言わん、日が暮れる前にこの村から立ち去れ」
男は氷のように冷たい瞳であたしを一瞥すると、吐き捨てるように言った。
「なっ……!?」
「この村は、領主ゾルタン様の支配下だ。あんたみたいな女にうつつを抜かしてる暇なんて、俺たちにはねえんだよ」
ゾルタン。その名を聞いた瞬間、村に漂う絶望の正体が、少しだけ見えた気がした。男はそれだけ言うと、あたしに見向きもせず、雪道をざくざくと歩き去ってしまった。
「……ふ、振られた……このあたしが、秒殺……」
あまりのショックに、あたしは雪の上に崩れ落ちた。
「アリス姉、元気出して。きっと、あの人は忙しかっただけだよ」
ミツグ様が、あたしの背中を優しく撫でてくれる。その純粋な優しさが、今は心に沁みた。
「ほら、言わんこっちゃない。あなたの色仕掛けなんて、そんなものよ」
セレナの奴が、ここぞとばかりに追い打ちをかけてくる。
「うるさい!」
あたしは雪を掴んでセレナに投げつけた。いつもの喧嘩である。だけど、あたしの頭の中には、さっきの男の、全てを諦めきった瞳が焼き付いて離れなかった。
ゾルタン。
どうやらこの村では、とんでもなく厄介な問題が待ち受けているらしい。あたしは双剣の柄を握り締め、不穏な予感に胸を震わせた。
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