第10話 雷鳴の夜、プリンの正体がバレた……かもしれない


今夜の馬房は、やけに静かだった。


……と思いきや、プリンのひと声で空気が変わる。


「ガールズ、今日は来とらんかったな」


「ほんとだね」とオリヴィエが鼻を鳴らす。「高峯フィーバー、もう下火?」


「いや、まだ……」ラクが心配そうに言う。「“手作りお守り”とか“水筒にメッセージ”とか、こないだ見ちゃったし……」

「早乙女さんだっけ? 高峯ガールズの中で一番過激な女性。あの人、土日とか朝一から閉門まで高峯さんの近くにいるやん……」


「それ、ほぼストーカーやんか……」プリンが言って、首を振る。


「でもほんと、なんであんな厳しい奴が人気なんだよ……」オリヴィエがぽつりと漏らす。「言うこと聞かないと怒鳴られるし。まぁ僕は蹴られたりはしてないけど。昔ここにいた怒ジュピターシンフォニーってやつ、メンタルやられちゃってたんでしょう」


「高峯殿は戦場の将のような気配を纏っとるからの……拙者は苦手でござる」


(プリンの喋り方がいつもと違う。なんか変)


遠い目をするプリンに、ラクが続ける。


「そ、そうだよ……あの声だけで、脚がガクガクする……」


「でも、群れの中で強い馬って、高峯さんみたいな“張りつめた”やつ、いるわよね」


マリリンが静かに言った。冷静かつ事実を述べる調子だ。


「睨みひとつで動かすし、蹴られても黙って従う空気、あるわよ」


「うーん……でも、僕たち、基本、群れで生活したことないしな」オリヴィエが唸る。「人間と馬房で一対一。それが“当たり前”になってるから……ちょっと想像しにくいかも」


「そうね」マリリンが小さくうなずく。「だからこそ、カスパルみたいなのが珍しく見えるのかもね」


「ま、人それぞれならぬ、馬それぞれやな」プリンが鼻を鳴らした。


そのとき、ゴロゴロ……と遠くで雷の音がした。


「ひっ……」ラクが耳を伏せて、馬房の隅に隠れる。


「出たで、雷こわいマン」プリンが言って、前肢で馬栓棒をガンと叩く。


「い、いや……ほんとに苦手で……! 音が、もう無理!」


「拙者の若かりし頃など、雷ごときは風情のひとつでござった……」


「いや、プリンさん」オリヴィエが割って入る。

「馬って、雷が生理的に苦手なやつ多いんだよ。むしろラクが普通」


「むう……」


「それより」マリリンが割って入った。「明日からまた、厩舎掃除の当番ローテずれるらしいわよ」


「えー、またぁ?」オリヴィエが伸びをする。


「人間都合ばっかやん……」


「でもニンジン多めなら許す」プリンが即答。


「うん、それならいいかな」ラクが馬房の隅から顔を出す。


「……ニンジンは正義」


こうして今夜も、ニンジンと推しと雷と当番ローテをめぐる、ささやかな馬の夜は更けていく。


* * *


雷鳴が遠ざかるなかで、ふと、マリリンが言った。


「ていうか、あんたたち知らないの?

プリンって、たぶん昔 人間だったわよ」


「……えっ、な、なんで?」ラクがごくりと喉を鳴らす。


「またそういうこと言う。彼はただの木曽馬だよ。ちょっと賢いだけで──」オリヴィエが言いかける。


「でもね?」

マリリンが続けた。


「柵、勝手に開けるのよ。夜中に。人間の顔色、妙に読んでるし。

前にオーナーの娘ちゃんと目が合ったとき、まるで会話してるみたいだったの」


ラク:「中に……人間……?」


プリンはしばし黙っていたが、ふと低くつぶやいた。


「……まぁ、そう思っとき」


(雷がまた鳴る)


プリン:「さて、ワシは耳栓して寝るわ。雷とか、馬の健康にええことないからな」


そう言って、プリンはのっそりと寝床の藁の上に横になった。


オリヴィエは、そっとラクと顔を見合わせる。


「中に人間……ほんとに、あるかもね」


「……うん、ある気がしてきた」


小さな馬たちの馬房に、再び静かな夜が訪れた。


その静けさの奥で、遠い風がそっと草を揺らしている。


――そしてここから、『プリンの異界転生ストーリー』が始まる。

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『乗馬夫人に申し上げます ― 騎乗される側にも都合があるんですが?』 赤栗ハイツ@文体実験 @akaguri_heights

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