『乗馬夫人に申し上げます ― 騎乗される側にも都合があるんですが?』
赤栗ハイツ@文体実験
第1話 プロローグ ― 重力について僕が知ってること
あの瞬間、僕の背中に降りたのは――重力、という名の呪いだった。
初めまして。僕はオリヴィエ。フランス生まれ、そこそこ器用に乗馬ができる。
まあまあ真面目に育って、馬術も飛越もこなして、ちょっと自信もあった。
けど──
この国に来てから、何かが違う。
風の匂い、スタッフのノリ、乗ってくる人間のテンション。
なかでも一番ショックだったのは……重力。
フランスにいた頃は、重力なんて気にしたことなかった。
でもここに来てからは、違う。
背中に座られた瞬間、ずしん、ってくる。
「え、今日、地球って重力強めの日だったっけ?」みたいな。
その乗馬クラブは、オリンピック出場歴のある元選手がやってるとかで、
「名門です♡」って紹介されたときは、思わず鼻で笑いそうになった。
いや、嘶くっていうのか。どっちでもいいけど。
最初の担当スタッフは若い女性だった。悪くなかった。
ちゃんと手入れしてくれて、馬房掃除も丁寧だったし。
ブラッシングの腕もまあまあ。
ところが。
ある日を境に、大人の事情(とやら)で担当が変わった。
新しい人間が僕に乗ることになった――
その人の名前は、エンマ夫人。
いや、正確には名前はちゃんと聞き取れてない。
でも、彼女のことを話すとき、スタッフが「エマさん」とか言ってるから、
僕の中では勝手に「エンマ夫人」と呼ぶことにしてる。
初めて彼女が僕に乗ってきたときのことは、忘れられない。
背筋を伸ばして颯爽と、なぜか微笑みながら――
……ソファか何かと勘違いしてるのかな?
とにかく「ふかっ」と座ってくる。
おいそこはラテ飲む場所じゃない、って突っ込みたくなった。
あの瞬間、僕の背中に何かが降りた。
たぶん、呪い。
鏡の前で一緒に止まると、彼女はすっと背筋を伸ばし、
自分の姿を眺めながらうっとりしている。
「見て見て、私の障害飛越デビュー✨」って顔。
でも、その隣で立ち尽くす僕の内臓は、そろそろ訴えたい。
鞍に座るな、鞍に立て。いや立たなくていいけど、乗れ。
……まあ、そんな彼女の話をするのは、まだ早いか。
僕と彼女がちゃんと出会うのは、もうちょっと先の話。
その間に僕は、いろんな背中に乗られ、
いろんな重力を味わい、いろんな“人間の気まぐれ”に振り回されることになる。
でも、振り返ってみれば。
その全部が、この物語のイントロダクションだったんだと思う。
それから──
重力について。
昔の誰かが、「りんごが落ちたから万有引力を発見した」とか言ってたらしい。
でも、僕が知っている「重力」っていうのは、小難しい言葉じゃなくて――
背中にずしっとくる、あれのことだ。
(第2話につづく)
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