試合に出してもらえた理由がわからない
いぬのいびき
試合に出してもらえた理由がわからない
中2になった頃、バレー部に招かれざる客がやってきた。
鬼顧問だ。
彼の第一声は「俺がお前らを県大会に連れていく!」だった。
なぜ県大会。そこは全国大会へ連れていくと言え。なんて夢のないリアリストだ。当時はそう小馬鹿にしていた。
けれど作者のいたバレー部は、去年までは『学校一ゆるい部活』として有名だった。
和気あいあいとした部活なんて、当然、弱い。
だからこそ、鬼顧問は『県大会』というリアルな目標を掲げたのだろう。
正直なところ、作者は鬼顧問の目標をナメていた。富士山をナメて登山靴を履いてこない奴くらいにはナメていた。
県大会レベルのバレー部が、どれだけの練習量をこなしているのか。それをまるでわかっていなかったのだ。
鬼顧問がやってきたその日から、当然のように練習は厳しくなった。
どれくらいハードになったかというと、練習中に顔を真っ白にして倒れる部員が出るくらいと言えばいいだろうか。
鬼顧問はいつも「もっと声出せ!」と声を張り上げ、ふらふらになっている部員の頭には勢いのあるボールをぶつけ「目ぇ覚めたか!」と怒鳴り、ミスをした者にはありとあらゆる語彙を使って叱責を飛ばした。
その姿はまるでハートマン軍曹。あんた一体、どこの軍から派遣されてきたんだ。
しかし、そんなハートマン軍曹の親戚みたいな鬼顧問も、きっと誰かに何かを言われたのだろう。
「疲れすぎて動けなくなったら、5分だけ休んでいいぞ」と、鬼顧問にしては珍しい甘さを見せたのだ。
作者はこの『5分休憩ルール』を誰よりもたくさん使った。というより、他のメンバーはド根性の塊だったため、誰一人として使っていなかった。
作者だけが、疲れた疲れたと言い、合法的に練習をサボったのである。
実を言うと、この5分休憩ルールには抜け穴がある。
一度の練習で何度まで休んでいいかは明記されていないので、理論上は無限回休んでも怒られないのだ。
覚えている限りでは、作者は10分おきくらいに5分休憩ルールを使っていただろう。
しかし。
「疲れすぎて動けません」
「おう、5分休んでこい!」
「疲れすぎて動けません」
「お、おお、またか……」
「疲れすぎて動けません」
「いぬの、お前は体力がなさすぎる!病院行って検査してこい!」
「えっ……」
あまりにも5分休憩ルールを使うせいで、作者は鬼顧問に病気を疑われた。
彼はサボりを疑う前に、作者が本当は真面目に練習をしているはずだと信じてくれたのだ。
病院で検査をしているとき、作者は鬼顧問を裏切ってしまったという小さな罪悪感と、健康だとバレたらどれだけ怒られるのだろうという特大のダルさに挟まれ気が気でなかった。
が、検査結果は『極度の貧血』と出た。
医師には「よくこんな数値で運動できてましたね」と驚かれたくらいの貧血だった。
これぞまさに、嘘から出たまこと。
作者は意気揚々と鬼顧問に「極度の貧血でした」と伝え、鬼顧問からも「じゃあ休んでも仕方ないな」とお墨付きをもらった。
それから3年になっても、作者は5分休憩ルールを乱用した。
そのせいで練習量が足りなかったのか、最後の夏の大会では作者のミス乱発。初戦で敗退。
鬼顧問の言っていた「お前らを県大会に連れていく!」という言葉は、作者のミスで裏切られる形となった。
もっと真面目に練習しておけばよかった、と思ったが、時すでに遅し。
試合に負けて全てが終わると、部員たちは全員が無言になって、これから世界でも終わるんじゃないかという悲壮感を漂わせていた。
これにはさすがに、今までサボってきた罪悪感が山のごとしであった。
ところで、なぜサボっていた作者が試合に出してもらえたのか。
その理由は今でもわからない。
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