夜を統べる影(The Shadow That Rules the Night)

S.HAYA

プロローグ:眠らぬ棺

 最初の犠牲者は、地下組織のボスだった。

 高級スーツの胸元は裂かれ、首には双牙の痕が深く刻まれていた。

 血はすでに一滴残らず失われており、部屋の床は乾いた赤黒い染みだけが残っていた。


 彼の名前はエンリコ・ヴァッローネ。

 この都市の裏側で三十年もの間、麻薬と臓器取引のルートを掌握していた男だ。

 そんな彼が、密室のような防音室の中で、音もなく“喰われていた”。


 刑事たちは目を逸らし、検視官は口を閉ざした。

 その日から、組織の者たちは口々に囁いた。

 「あの夜が戻ってきた」と。


 証拠写真に残っていたのは、壁に走る黒い爪痕と、棺のような長方形の空白。

 それはまるで、誰かがそこに“眠っていた”かのような痕跡だった。



 数日後、別の事件が起こる。

 都市西部のナイトクラブが、一夜にして“空”になった。

 客も、スタッフも、セキュリティも、誰ひとり残されていなかった。

 まるでそこにいた全員が、同時に蒸発したかのように。


 監視カメラはすべて“黒く塗り潰されて”いた。

 音声も、映像も、存在しない。

 だが、唯一残された冷蔵庫の扉に──誰かが指でなぞったような言葉があった。


 「まだ、夜は終わっていない」



 都市は気づいていなかった。

 闇が再び広がりつつあることに。

 そしてその影が、今度は“血”と“牙”を連れてやってくることに。


 これは、ただの夜ではない。

 かつて〈ヒューマン・マーケット〉の深部に眠っていた“もうひとつの夜”──

 その棺が、再び開いたのだ。


 “目覚めた者”の名は、ミラール。


 人ならざる存在。

 夜を喰らい、都市に“血の契約”をもたらす者。


 そしてそれに抗う者たちはまだ、眠りの中にいた。

 牙を持つ群れの誕生を、ただ静かに待ちながら──

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