流星少女〜約束の座標は5年前〜
GOA2nd
第1話:魔法をかけられた青年
藍色のキャンパスを、白い光が埋め尽くす、一筋伝ったら、また一筋、また一筋と。
今、この瞬間だけは遥か遠くの宇宙を流れる星々に手が届くような気がした。
俺は“幻想的”という表現がこれ以上似合う景色を知らなかった。
俺と君以外誰もいない草原で、ペルセウス座流星群を見る君の横顔に俺は見惚れていた。
今日知り合ったばかりの同い年の少女が生み出す引力にここまで引き込まれてしまうだなんて思いもしなかった。
その流星のように流れる艶やかな黒髪が、真っ直ぐにこちらの目を射抜いてくるその目が、瑞々しいその唇が、その全てが俺の心臓を暴れさせる。
「もう、私じゃなくて空見ようよ?」
少し呆れたように紡がれた優しい音がじんわりと染み渡る。
生憎、君の方が綺麗だよとか、そんなキザなセリフを返す勇気は持ち合わせていなかった。
代わりの喉の奥から漏れ出たか細い声は、1ミリたりともかっこよくなかった。
「……また、君と一緒に見たい」
君は一瞬だけ驚いた顔をして今度は嬉しそうに、頬をほんのりと紅く染めた。
「じゃあ、8月の流星群がよく見える日にまたここで一緒に見よう?」
いつになるのかはわからないけど、と苦笑いしながら君は付け足した。
「それまで私のこと覚えててくれる?」
「当たり前だ!そっちこそ俺のこと忘れるなよ!」
恥ずかしがっているのを隠すように、返事が子供っぽくうわずってしまった。
返事を聞いて君はまた笑った、このまま時間が止まっていればいいのに、そう思えてしまうほどに魔性の微笑みだった。
その綺麗な瞳を見つけることができなくなり、君の引力に抗って無理矢理流星群に顔を向けた。
そんなバレバレの照れ隠しを続けた、そして不意に頬に今まで感じたことのない柔らかさが、人特有の優しい温かさが触れた。
驚いて真っ赤になってしまった顔を君に向けると、俺に負けないぐらいの赤い顔をしていた。
ほんの一瞬だけのはずのその感触がやけに鮮明に、ずっと頬に残っている。
その時から俺は君の魔法にかかってしまったようだ。
好きです、なんて言葉はすぐに揺らいでしまうことを彼は知っていた。
だからこそ目の前で名前も知らない後輩の少女に頬を赤らめて上目遣いで告白されたところで、応じることはなかった。
「ごめん、君の想いに応える事はできない」
そして自身の“好き”という一途な思いがまだ一瞬たりとも揺らがないことに毎度のこと少々驚いていた。
蝉の声がけたたましく鳴り響く夏のある日の放課後、一学年下の後輩が突然教室に訪ねてきたかと思えば愛の告白をされた、そして射手園星真はその告白をコンマ1秒の迷いもなく断った。
いい返事を僅かに期待したギャラリーが落胆していた。
「第一、俺は君のことをよく知らないしそれに…」
「なら!今度一緒にお出かけしませんか⁉︎」
好きな人がいる、と決定的な事実を伝えようとしたところで名も知らぬ後輩はそれを遮って更なる提案を続けてきた。
高校に入学してから何度か告白されたが、毎度毎度この事実を伝える前に遮られて伝えることができないのだ。
「部活が忙しくて…」
「なら部活終わりの時間にでも!」
5年前の夜、ある少女から“諦めないこと”の大切さを教えてもらった星真だったが、今だけは目の前の後輩には諦めて欲しかった。
言い訳を続けるも目の前の後輩は引き下がる事をしない、実際に星真の所属するサッカー部は夏休みになればかなり忙しくなる、それに休み明けの文化祭準備に向けてやる事が多数あり、休みは正直言って少ない。
数少ない暇な時間といえば彼女の言う部活終わりの時間だが、生憎その時間は星真にとって大切な用事があった。
「ごめん、その時間は行かなきゃならない場所があって」
それなら、と何度も食い下がる後輩がそろそろ面倒くさくなり、どう場を切り抜けようかという方向に思考を向けた時だった。
考えることをやめかけた星真に心強い助け舟が出された。
「おいキャプテン!部室に集合だってよ!」
サッカー部の同級生が最高のタイミングで呼び出してくれた。
待ってましたと言わんばかりに星真はその呼び出しに飛びついた。
目の前の後輩には申し訳ないが、星真に応じる意思がない以上、どれだけ食い下がったところで結果は変わらない。
「今行く!じゃあそういうことだからごめん」
なるべく相手を傷つけないように星真は颯爽とその場を立ち去る、後輩は唖然として声すら出せなくなっている。
同級生の元へ小走りで駆け寄り、告白イベントの見物客からの好奇の眼差しを受けながら部室へ向かう。
相手が美少女だったこともあり、その中には嫉妬の眼差しも混じっていた。
「ありがとな、助けてくれて」
「いいってことよ、でもあの子結構可愛かったんじゃないのか?」
「まあ美人だろうな」
「付き合う気は?」
「ない」
「贅沢者だなお前は」
全くもってその通りである。
星真は自身の顔がそこそこいい方だと自負している。
告白されることが多々あるのだから、イケメンとまでは言わずとも悪くない顔立ちだと思っている。
その上部活で1年の頃からレギュラーに定着し、3年生の先輩が引退した今キャプテンを務めているとなれば、肩書きだけでも結構モテる。
しかし星真は美人から告白されることがあっても全て断っている、何故なら星真は今も“とある少女”に心酔しており、その魔法が解けることはないからだ。
「忘れないって、約束したからな」
「例の流星少女か?」
「それ以外に誰がいるんだ?」
“流星少女”とは、星真の思い人である少女のあだ名である。
星真が流星群の日に出会った少女だから“流星少女”だ、もう少し捻りを入れるぐらいしてもいいのではと思っている程度には適当だ。
「ずっと会えていないってのにな、お前重すぎだろ」
「一途って言ってくれ」
王子様の口付けが無ければ白雪姫が目覚めないように、流星少女と再会しなければ星真にかけられた魔法は解けないのだ。
もっとも、たとえ魔法が解けたとしても星真の想いが変わることはないのだが。
「それで部室に何の用事があるんだ?」
「新しい用具が届いたから部室整理するのをマネージャーとやっとけって先生が」
「面倒だな」
主将といえば聞こえはいいが、実際のところは面倒事を押し付けられる貧乏籤を引かされただけにすぎない。
そんな断りきれない自身の性格を星真は少し嘆いている。
そして星真にはもう一つ嘆きたいことがあった、その悩みの種がまさに今向かっている部室にいるのだ。
たった今面倒事を切り抜けたばかりの星真だが部室へと向かう足取りは少し重かった。
まだ興奮が冷めず喧騒が止まない教室棟を抜けて人の少ない部室棟の角部屋へ、子供が描いた落書きのようなサッカーボールのイラストが色褪せた半開きの扉の向こうへ隣を歩く同級生が声をかけた。
「主将様連れてきたぞー」
「面倒事押し付けられてきたぞー」
「遅いですよ!女子にこんなことさせるなんてどんな神経してるんだか」
運動部の男子特有の野太い声ではなく、女の子らしい高い声が部室から聞こえてきた。
中にいるのは先ほど星真に告白してきた後輩が霞んで見えそうなほどの美少女、そして星真の悩みの種であった。
猫を彷彿とさせる切長の目、幼くあどけなさの残る顔立ち、The妹とでも言わんばかりの小悪魔な性格、それだけだったらよかったのだ。
「あの先輩、露骨に嫌そうな顔するのやめてもらえません?」
「俺の顔が嫌なら退部をお勧めするぞ、陽菜」
「寝言は寝ていってくださいよ先輩、サッカー部のマドンナである私が退部して困るのは先輩ですよ?」
図星である。
今年サッカー部に入部した後輩の約半数がなぜか星真に懐いているこの旭野陽菜という美少女マネージャーとお近づきになりたいが故に入部したわけで、陽菜がいなくなればその約半数が退部するだろう。
そんな理由もあって、陽菜にサッカー部を辞められるわけには行かないのだ、たとえ星真が顔を合わせづらかったとしても。
「というかいい加減教えてくださいよ、なんでそんな私の顔を見るなり嫌そうな顔するんですか?」
「…さあな」
「あーもう!またはぐらかされたんですけど!」
頬をぷくーっと膨らませてぷりぷり怒る陽菜を横目に星真は苦笑いしていた。
星真が理由を言えるわけがなかった、なぜなら言ってしまえば最後確実に陽菜にいじられてしまうからである。
というかそれ以前に星真の羞恥心が話すことを許さなかった。
例の流星少女とどことなく似ているから気まずいだなんて、言えるわけがなかった。
「マネージャーに隠し事だなんて、キャプテン失格ですよ」
「俺のプライバシーはどこいった、マネージャーは嫁じゃねえんだぞ」
「いやお前らまさに今夫婦漫才してるじゃん」
「「どこが!!」」
茶々を入れられ、虚しくもそのツッコミが残念なことに完全に一致してしまっている、悪いタイミングで2人は息がぴったりだった。
流星少女と陽菜似ているわけがない、性格も似てないし完全な別人物だ、星真はそう割り切っている。
星真はわざわざこんな思いをするためにこのお世辞にも整理されて綺麗だなんて言えない部室に来たわけではない。
「先輩、いつになったら理由話してくれるんですか?」
「話せないな、いつになっても」
「恥ずかしくて言えないような理由なんですね」
「ほら口より手を動かせよー」
「またはぐらかされた………」
何度聞かれても星真にはぐらかす以外の選択肢はないのだ。
軽口を叩きつつも部室を片付ける、ボールバッグにボールを詰めたり、ゴミ箱の袋を新しいものに交換したり、ここ最近いかに掃除していなかったかが目に見える。
無論、汚くして顧問に怒られるのはキャプテンである星真なので徹底的に片付ける。
「そういや星真、今年の合宿はどうするんだ?」
半ば空気になりかけていた同級生が質問を投げかけてきた、8月にある星真最大の難敵である合宿についてだ。
頭の中で合宿の日程と流星群の予測日を照らし合わせると、幸いにも被りはなかった。
「行くよ、キャプテンが参加しないわけにはいかないだろ?」
「泊まりの間流星少女はどうすんだよ」
「日程被ってないからいける」
星真は1年生の時に合宿を休んだ、理由は明確、8月の流星群と日程が被ってしまい、流星少女との約束を優先したからだ。
幸い今回は日程が被っているわけでもない、なにより今の星真はキャプテンだ、欠席するわけにはいかない。
「その間に来てたらどうすんだ?」
「彼女と約束したのは8月の“流星群がよく見える日”だぞ、来るわけがない」
「一途の望みにかけて流星群じゃない夜にも行ってるやつが何言ってんだ」
ぐうの音も出なかった。
8月になれば自動的に星真の夕方以降の予定は埋まる、それは流星群の日だろうがそうでなかろうが変わることはない。
流星群の見えない日に流星少女と会える確率なんて限りなく低いだろう、だがそんな低確率にさえ縋りたくなってしまうほど星真は心酔しているのだ。
「先輩がそこまで惚れ込むだなんて、一体どんな人なんですか?」
「話したことなかったか?」
「詳しくは聞いたことないですね」
知らなくてよかったと、星真は内心ほっとしていた。
知られて困ることではないが、後輩にまで噂が広まってしまってはまた面白がる輩が湧いてくることは目に見えている、別に放って置けばいいのだがいい気分になるわけがない。
「そろそろ部活の準備始めないとな、キャプテンが遅刻するわけには行かないし、大事な試合近いし」
結局、星真が選んだ選択肢はだんまりだった。
「もう!教えてくれたっていいじゃないですか!」
陽菜はまたしても頬を膨らませた。
この後の練習で星真が1人だけ陽菜から受け取ったスクイズボトルの中身がぬるかったのは言うまでもないだろう。
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