他愛のない話
ぶらぶら歩いて宿に帰りお風呂だ。ここのお風呂のシステムも変わってるな。庭園付露天風呂、大浴場風の湯と四季の湯って三か所あるのだけど、
「全部貸切専用ってなんやねん」
千草もそう思った。普通は大浴場が男湯と女湯で、露天風呂ぐらいが貸切になりそうなものだもの。どこにしようかと思ったけど露天風呂にしてみた。だって、だって、二人で入るには大浴場は広すぎる。
コータローと入りながら、しょうもないことを考えてた。こういうスタイルの宿の風呂って、この宿で初めて結ばれようとしているカップルには合ってないのじゃないかって。
「千草もおもろいこと考えるな。でもそうなるわな。まだ結ばれてへんのに見せられへんよな」
でしょ、でしょ、二人でお風呂に入れるのは、結ばれてお互いのすべてを知ってからのはずだもの。そうなると貸切風呂に一人ずつ入るとか、
「それも味気ないやん。そやな、オレやったら外湯に行こうって誘うかな」
それはありか。でもさぁ、雨が降ってたり、寒かったりしたら辛そうだよ。
「千草はもう平気か」
ちっともだ。カマトトぶってるって思われたって全然かまわないけど、脱衣場で脱ぐときにマジで手も足も震えてたもの。そうなってしまうのもすべてコータローが悪い。コータローは何故か千草を愛してくれて、結ばれて、結婚して夫婦にまでなってくれてる。
そうなれたことは、これ以上が無いぐらい幸せなんだ。コータローはとにかく千草を愛してるのだけど、愛してるの裏では千草に欲情しているになる。そう言うと薄気味悪そうだけど、欲情もしない相手を愛せるはずもない。
相手を好きになって恋して、愛するってほぼイコールでその相手とやりたいなんだ。男ならシンプルに突っ込みたいだし、女だって受け入れて一つになりたいだ。そういう欲情が湧かない相手に恋なんか始まる訳がないだろうが。
とにかくコータローは、これでもかってぐらいに千草を愛してくれてるのだけど、その裏返しとして、まさにギラギラって感じで千草の体にその劣情を煮え滾らせまくる。服着てたって強烈なんだけど、裸になれば尋常じゃなくなる。あそこまで行けば変質者の目だ。
こればっかりは夫婦になってるかもしれないけど、それこそ遠慮会釈なんてものがない。千草の体に痛いぐらいに突き刺さりまくる。そんな視線にさらされたら平気でいられるはずがないだろうが。
今だってそうだ。エエ加減少しは見慣れろよ。変質者の目はさすがに可哀そうだから、そうだな、童貞が初めて女の裸を見るような目はなんとかならいのか。それもだぞ、愛しくて、愛しくて、焦がれまくった目じゃないか。
「今から思うと冗談みたいな世界やけど・・・」
思春期に入ると女も男も大人の体に変わっていく。やっぱり女の方がわかりやすいかな。胸も膨らんで来るし、体の線も柔らかい丸みを帯びてくる。もちろん個人差は大きいけど、中三ともなるとだいぶそうなってくる。
それでもまだ中三なんだけど、コータローには眩しく見えたのか。でもそう見えるだろうな。そうじゃなければ恋なんて生まれるはずがないよ。でね、コータローが言うには、妄想の中では既に大人のボディになってるって。
そんなのはいるはずもないけど、好きになった女のヌードはそうなってるって思い込んでたとか。妄想するのは勝手だけど、だったら中学で経験しなくて良かったと思うよ。残念ながらまだ子どものボディに文字通り毛が生えたぐらいだ。
「そうなんはわかってもたけど、高校でも・・・」
高三ともなるとかなり出来上がってるのが殆どだ。それも語弊があるか。どこが完成形と言うか、旬になるかは個人差のバラツキが多い気がするな。もっと年上になってからの方が旬って女も多いけど、高三ぐらいが結果的に旬ってのもいるものね。
スタイルってよっぽど頑張らないと崩れやすいのよね。女って食い意地張ってるのが多いって言われるけど、あれってダイエットの呪縛が常にあるからの気がしてる。そりゃ、ダイエットの基本は食事量を抑えるだもの。
お蔭で常に食い足りていない空腹感がどこかにあって、そのタガをどこかで外したがってるぐらい。それが早めに緩んでしまうと、高三ぐらいのスリムな体形が、
『あなたはどなた?』
こうなってしまう女だって珍しくもない。
「結婚したら変わるのも多いよな」
あれはたぶん結婚したって安心感だろ。千草の友だちにも多いよ。
「千草はホンマ変わらんな」
九十八度の荒湯に放り込んだろか。千草だって、千草なりに成長してやっとこうなってるんだよ。そうなってもみっともないないのはともかくとしてだ。でもなんとなくコータローの気持ちがわかった気がする。
きっとコータローの頭の中には中三で同級生だった千草のイメージがどこかに残ってる気がする。その頃に妄想した千草の裸が現実として目の前にあるから・・・ちょっと待て、そこまでストレートじゃないのは知ってるぞ。
「あの頃にあれこれ思い描いていた千草の裸が・・・」
コータローが妄想で思い描いていた相手は誰だか言ってみろ、
「だから千草・・・」
ウソ吐きは泥棒の始まりで、閻魔様に舌を抜かれる定めだ。トットと抜かれて来い。あれだったら千草が抜いてやろうか。コータローが高校時代に妄想しまくっていたのは誰かぐらいは知ってるんだからな。
いやあれは高校に入ってからじゃないはず。きっと中学時代、いや小学校の時からだって余裕で可能性がある。だってだぞ、小学校から同じじゃないか。きっとスクール水着に欲情しやがって、
「おいおい、その話は・・・」
誤魔化そうたってそうは行くものか。いつから妄想の相手にしていたか言ってみろ。どれだけ妄想しながら炸裂させやがったか白状しろ。コータローの女の好みってミステリーの塊みたいなものなんだけど、千草が知る限り唯一の好みの女が初恋のマドンナだ。
大人し過ぎて、派手さはなかったけど確かに美少女だったし、未だにその美貌を保っているのも出会ってしまってるから知ってる。あんなのと較べられたら千草じゃ逆立ちしたって勝てないよ。それは認めざるを得ないもの。
それにだ、そこまで思い詰めて、あれだけ距離を縮めまくっていたのに実を結ばなかったのも知ってるんだよ。でもまあ、それにしてもの変わりようと言うか、あんなのが本当は趣味だったのは意外だったよな。
「女と言うより、人の本性だけは千草以外にはわからんわ」
あのね、それじゃあ、千草は単純バカみたいじゃないか。でもコータローの気持ちはわかるよ。結ばれず実を結ばなかったにしろ、そこまで思い詰めてた女が、ああなってしまったのはショックだったろうな。
そりゃさ、別れてしまえば、誰とくっ付こうが人の勝手だし、誰とやろうが無関係だ。他人だからな。でもね、どうしたって未練は残るのもわかるのよね。こんなもの自分勝手そのものなんだけど、せめて次にその女がくっついた男が、
『あいつだったら仕方がない』
こうなりたいのはあると思うんだ。そうならなかったものね。その時のモヤモヤが昂じて千草に・・・そう考えたいけど、これはこれで無理があり過ぎるのもわかってる、
「そろそろ上がろうや」
そうだね。貸切なのは良いけど、三十分区切りなのは、ちょっと慌ただしいな。だって、だって三十分と言っても脱ぐ時間と着る時間がいるじゃない。男はそれでも手早いかもしれないけど、女はそうはいかないじゃない。
「素肌美人は得やな」
やっぱり荒湯に沈めてやる。コータローにそう見てもらおうと、どれだけの努力を重ねてると思ってるんだ。髪までは無理だから、後は部屋に戻ってからにしよう。
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