謎の基準
気まずい雰囲気のまま夕食になったそうだけど、
「誤解されてるのはわかってんけど、どう説明したらエエか思いつかへんかってん」
なにを誤解されてるって気づいたのよ。
「どうも彼氏と思われたみたいやねん」
なんだって! コータローはバイだったのか。
「アホか。そんな趣味あるかい」
待った、待った。それって、友人は女だったと言うの。
「言うてへんかったか」
聞いてないよ。そんなもの男だと思うだろうが。どこでその彼女と知り合ったのよ。
「出席番号が近かったから、実習なんかで同じ班のことが多くて仲が良かってん」
きっかけは学生ならありきたりだけど。
「あれは親御さんたちから婿候補の値踏みをされとったみたいやねん。まさかそんな誤解をされるなんて夢にも思わへんかった」
あのね、女の実家に二人で乗り込んだら、そういう関係に見られるに決まってるじゃない。他にどう見ろって言うのよ。
「世の中ってそう見られるんやって思うたわ。そやそや、あいつのとこは二人姉妹やってんけど、姉やから婿養子が欲しかったみたいやった」
だから開業医の一人息子のコータローに渋い顔をしたのはわかるよ。とか言う前にだ。女の下宿に毎晩のように入り浸るって同棲じゃないの。
「なんで一緒に暮らさなあかんねん。ちゃんと家に帰ってたで」
誰が信じるか。そもそもだぞ、女が自分の部屋に男を招き入れるのを許した時点で、世界中の誰が見ても関係、それも深い関係があるとしか考えられるものか。不倫とか浮気の証拠だって、ラブホに入る写真とか、出て来る写真は絶対の証拠になるのを知らんのか。
女の一人暮らしの部屋だって同じようなものだ。それも一晩だけじゃなく、連日みたいに入り浸っていたって言ったじゃないか。それでタダの友だちなんて言い訳が通じるはずがないだろうが。
「そやけど、あいつは処女やったで」
それはコータローが抱く前の話だろうが。過去形の話に意味などあるか!
「そうやのうて・・・」
バイク事故事件のさらに後の話だそうだけど、その友人が恋をしたとか。それを相談されたコータローは恋の仲立ちをやったって・・・あのね、なにやってるのよ。
「相手も同級生やってんけど、オレも顔見知り程度やったから大変やってん。あれやこれやと根回しして、なんとか上手いこと行って、付き合い出したんやけど、あいつかって女やんか」
男に恋してる時点でどこからどう聞いても女だ。いくら友だちでも失礼過ぎるぞ。付き合いが深まれば大学生じゃなくとも体を求められるのは自然だけど、まだ経験がなかったから怖かったんだろうな。
その歳まで経験がなかったから、あれこれ聞かされ過ぎて、期待より怖い方が強くなっていたぐらいかもしれない。その辺はある程度わからないでもないけど、そんな相談までされていたってなんだよそれ。
コータローは本当に愛しているのなら応じるべきぐらいで答えたみたいだ。ここでやめとけって言うのもおかしいだろうから、返答としてそれぐらいになるよな。それで、どうなったの。
「痛かったらしいわ。そん時にロストヴァージンのお祝いを居酒屋でやって、それっきりや。やっぱり彼氏持ちになったら会うのはエエことないやろ」
そのまま二人は結婚したの?
「せんかった。そやけど、ちゃんと結婚して子どももおるで」
一度だけ年賀状が届いたそうで、結婚したのと子どもに恵まれたって書いてあったのか。
「エエ嫁さんになると思うで」
あのね、そこまでの関係になってたのに、どうして抱いてやらなかったのよ。
「好みやあらへんかった」
出たぁ、久しぶりで出たぁ。コータローの謎の好みの基準だ。そりゃ、好みであるかどうかは恋愛感情が発生するかどうかの大問題であるけど、そんなに性格が悪い女たったのかよ。
「アホ言え、性格悪い女と二人で酒を飲むかい。友だちとして気持ちの良いやつやった」
じゃあ、そこまで処女だったぐらいだったぐらいだから、あの、その、女を捨てたクラスのブサイクだったとか。
「それこそ失礼過ぎるで。紹介したら飛びついて来よったし、すぐに求められたって言うたやんか」
それもそうだ。見た事ないからわからないけど、少なくも並以上の美人だったんだろうな。コータローは綺麗な思い出話でまとめたつもりだろうけど、こんなもの違和感の塊でしかあるものか。
そもそものそもそもだけど、女が一人暮らしの部屋に男を招き入れてる意味をコータローは軽く考え過ぎだ。こんなものOK以外に受け取りようがあるものか。それこそコータローが部屋に来るたびに今日こそ、今晩こそだったしかないだろうが。
部屋を片付け、掃除して、勝負下着で武装してコータローを招き入れてたはずだよ。それもだ、そこまでの想いになったのだってすぐではない。どう考えたって、出席番号が近くて知り合えたのをラッキーとして一歩一歩距離を詰めて行った結果しかないだろ。
待てよ、待てよ、だから処女のままだったはずなんだ。大学に処女で入学するのはデータでも半分はいるはずなんだ。千草もそうだった。それこそ入学した時点で見初めてたって不思議ないはず。
そうだよ、やっとこさコータローを部屋に招き入れるところまで漕ぎつけたと見るべきだ。なのにだぞ、コータローは能天気に一緒に飲んで、おしゃべりして帰るだけ。あの様子では指一本触れてないかもしれないもの。
それでも望まれたら応じる覚悟はしていたはずだよ。けどさぁ、まだ男を知らないから、自分から誘うことが出来なかったんだよ。相手から誘って欲しかったはずだし、自分から誘うよう女に見られたくなかったに決まってるじゃない。
想像しただけで悲し過ぎるじゃないの。男を部屋に招き入れた時点で女は据膳の覚悟を決めていたはずだもの。なのに、何度も、何度も肩透かしを喰らわされて、コータローが帰った後に泣いてたはずだよ。
バイクだってミエミエだ。あんなものコータローとツーリングデートに行きたいからしかないじゃないの。そこで起こってしまったのが事故だ。親御さんから家に戻って来いの話はそうだったとは思う。
黙って買ったバイクで事故されたら親御さんは怒るだろう。あれだって修理のためじゃないはずだ。そっちより、バイクを取り上げて二度と乗せないためのはず。そこで女は賭けに出たはずなんだ。
その結果はコータローが受けた彼氏扱いだ。そうなったのは、そういう男を家に連れて帰って紹介すると言ったからしかないだろ。これはね、そういう関係になりたいってメッセージをコータローに送ったんだよ。
それなのに、それなのにコータローは能天気に誤解をされて困ったぐらいで済ませてしまってる、だから次の男を考えたはずだ。これだって、半分以上はブラフだ。その男のものになっても良いかの問いかけ以外にあるものか。
なのにだぞ、コータローはイソイソと仲立ちに走り回ってるじゃないか。だから女は成り行きで逃げられなくなりその男と付き合ったんだ。それでも最後の賭けに出てる、男の求めに応じるかどうかの相談だ。あんなもの男にするわけないだろうが。
その時に最後の切り札として持ち出したのが、自分が処女であることだ。その時にコータローもそれを知ったはずなんだ。女の問いかけは明瞭だ。このまま本当に処女をその男に捧げても良いのかだよ。
女はコータローに処女を捧げたかったんだよ。だから、あの電話相談の時にコータローが振り向いてあげたら、そんな男なんかその場で放り投げてコータローの下に駆け込んで来たはずだ。なのに、なのに・・・
その女が男と別れた理由はあれこれあるとは思うよ。でもね、もともとがコータローへの当てつけの気持ちだったから、結ばれはしたものの本気になりきれなかった気がする。その辺で上手く行かなくなり溝が出来て行ったぐらいかな。
だから最後の年賀状なんて怖いぐらいだ。あれは、本当ならコータローとこうなるはずだったの恨みが籠ってるよ。少なくとも惜別のメッセージだろ。どうして自分を選んでくれなかったんだの最後の想いだよ。
そりゃさ、ある程度の年齢で深い仲になれば結婚も視野に入って来るとは思うよ。ノリとか弾みでそういう仲になってしまい、どうにも逃げられなくって泣く泣くなんて話も珍しくもないものね。
けどね、村岡の女のケースはだいぶ違う気がする。もっと初心な話だよ。入学してシンプルにコータローが好きになり、付き合いたいから、さらに結ばれたいになっただけ。そりゃ、結ばれたからにはずっと一緒にいたいはあるだろうし、その延長線上に結婚だってあるよ。
なんて言うか、結ばれたからには、とっ捕まえて逃がすものかみたいな計略的なものじゃない気がするんだよね。なんて言うか、好きな人とピュアな気持ちで一緒になりたいぐらいかな。そんな想いを拗らせてしまったのがコータローの態度だ。
異性の気の合う友人しか見ていないんだもの。そういう友人関係はあるとは言え踏み込み過ぎだ。これだって相手もそうなら成立するかもしれないけど、このケースはどう聞いてもそうじゃない。
女が恋心をあれだけ燃え立たせているのに、まるで無関心に終始し切ってるじゃないの。そうなってしまったのがあの謎の基準だ。あの基準ってそこまでコータローをドライにさせてしまうとしか思えないんだよ。とにかく、
『好みやらへんかった』
これが謎過ぎるんだよね。これって村岡の元カノでわかったけど、恋愛の対象には出来なくても友だちならOKなんだもの。あの時に二人が結ばれていたらどうなっていたかの推測は、それでそれで怖い部分はあるから神棚に上げさせてもらう。
逆に言えば、どうして千草がコータローの好みの女だって理由が皆目どころでないぐらい理解不能なんだよ。結果だけはわかってる、そんなもの結婚して、夫婦になって、こんなにも幸せにしてもらってる。
だけどだ。その村岡の元カノじゃなくどうして千草なんだよ。自分で言いたくないけど確実に千草より美人だろうし、下宿に通い詰めるほど気も合ってたはずなんだ。ついでに言えば処女でもあった。ここが、どうしてもわかんないのよね。
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