但馬へ

 稲継の交差点から左に曲がって入ったのが丹波の森街道。これは三田から遠坂峠を結ぶ道だ。この道も氷上市街から外れ行くと快適なカントリーロードになってくれる。氷上から青垣町になり、


「全部丹波市や」


 広すぎる。それじゃ、どこ走ってるかわかんないじゃない。行政サイドの色んな都合があるのは理解するにしても、こっちは地名も覚えてツーリングやってんだぞ。


「そやねんよ。なになに町とか、なになに市って出て来たら、だいたいあの辺やと思いながら走るもんな」


 神戸だって広いけど、神戸なら三ノ宮駅周辺を神戸って思うはずなのよ。有馬や舞子だって神戸だけど、あれはあくまでも神戸市内にあるってだけで、あそこを神戸だと思わないはずなんだ。


 最近合併したところだから仕方がないと思うけど、丹波市って言われても、そもそもどこなんだになり、さらにどこが中心と言われても困る人が多いはず。


「旧町名を使わんでエエようになって、やっと合併が終わる感じやろな」


 青垣町も神戸の人間からすると馴染みの薄いところではあるけど、歴史は古いのよね。ここは古代山陰道が走っていたところで、江戸時代だって篠山街道として健在で今に至るって感じ。


 遠坂峠は加古川の支流の遠坂川の谷間のどん詰まりにあるのだけど、その間の谷間を遠阪谷と呼ばれてて、古代山陰道に沿って街が出来たぐらいで良いはず。これがどうして青垣って地名になったかだけど、


「オレも知らん」


 目噛んで、鼻噛んで死んで詫びろ。あれだけ千草の柔肌を好き放題に弄び、穢し尽くしておいてなんて言い様だ。そうそう、丹波の森街道に並行するように豊岡道が走ってるけど自動車専用道だから無縁の道ではある。


 無縁の道ではあるけど、モンキーにとってはコンチクショウの道でもある。遠坂峠は丹波と但馬を分ける険しい峠だから遠阪トンネルが出来たんだ。出来た頃はモンキーだって通れたってなってるのよ。


 それが豊岡道に組み込まれてしまい、モンキーも含む小型バイクはシャットアウトって何様のつもりだ。そのために遠阪トンネルも無縁の道にされてしまい、哀れモンキーは峠道を越えさせられる。


「峠道もトコトコ教徒の魂が燃えるやんか」


 邪教徒は勝手に魂でもなんでも燃やしとけ。それでもモンキーでも越えられる峠だよ。千草も越えたことがあるからね。でもさすがに爽快って訳には行かない。それこそエンジンの力を振り絞って、えっちら、えっちら、登って行く感じかな。


 遠坂峠も因縁の道で、ここですかした女が乗るNinjaに豪快って感じで追い抜かれたんだよ。その女って、なんとなんと、トップモデルの朝凪カグヤだったんだ。それだけでも驚きだけど、これがコータローの元カノだったんだよ。


「元カノやのうて、タダの女友だちや」


 誰がそんな戯言を信じるか。何年も同棲してるじゃないか。なんの関係も無かったなんて、世界中の誰一人として信じるものか。そのカグヤが厚かましくもマスツーに割り込んで来やがり、一緒の宿の同じ部屋に泊まらされてしまったもの。


「同じ部屋やから問題なしや」


 問題を起こしてたら、ちょん切って、穴掘って、レイプしてやる。どれだけ千草が心配したと思ってるんだ。カグヤにコータローを攫われるしかないって。夜なんか、


「熟睡しとったで」


 まあそうだ。だって、だって、あの日もロングツーリングだったし、夜は夜で紅ズワイのデラックスコースを堪能したし、香住鶴も美味しかったんだもの。てなことを話しながらなんとか遠坂峠を登り切り、


「但馬や」


 やられた。それは千草のセリフだって何度言ったらわかるのよ。峠道は下りも気を遣うのよね。つうかさ、下りの方が厳しいぞ。なんだよ、この連続ヘアピンは。命からがら下りて来たら、


「昼にしょうか」


 またカブの店か。ここでカグヤに出会ったしまった因縁の店だけど、ハンバーガーは魅力だから許す。何事もなく平和にハンバーガーを食べ終わったら出発。毎度毎度あんなトラブルはゴメンだ。


 千草はね、楽しいツーリングがしたいのよ。愛するコータローと二人だけのラブラブマスツーをね。そりゃ、少しぐらいのトラブルは旅の楽しみだし、ツーリングの味付けみたいなものだけど、コータローとの仲を危うくさせかねないのはゴメンだ。


「そうそう起こるかい」


 起こってるじゃないの。カグヤの出現もそうだし、生野銀山の時にはコータローの唯一わかってる好みの女、初恋のマドンナの末次さんまで現れたじゃないか。どれだけ千草が心配したと思ってるんだ。


「今日は直進やからな」


 カブの店から梁瀬で国道九号に入り、和田山を越え、養父で良いはずだけど、ここまでは走ったことがあるのよ。これまでは国道九号から国道三一二号に乗り換えて北上してた。一度目は初めてコータローと結ばれた久美浜の小天橋の宿に行くため、二度目はコンチクショウのカグヤも交えたマスツーで但馬漁火ラインを目指すためだ。


 だから国道九号を西に進むのは初めての道になるんだ。国道九号は古代山陰道でもあり、江戸時代の山陰街道でもあるけど、あははは、あの前に見える山に入って行くんだよね。大屋川を渡り、豊岡道を潜り、西へ、西へ。へぇ、山田風太郎記念館なんてこんなところにあるんだ。出身地なんだろうな。


「次の信号は国道九号の方に道なりでエエはずや」


 左曲がるとハチ高原、氷ノ山国際、ハイパーボウル東鉢ってなってるな。関西のスキーのメッカみたいなところだものね。へぇ、ハチ北高原は国道九号を進むのか。さすがに登りになって来た。登坂車線が出て来ると、


「モンキーのエンジンが本気を出すで」


 それは四速に落として回転数があがったからだろ。ところでさ、モンキーってどこまで回せるエンジンなの。


「スペックやったら六七五〇回転やったかな」


 そんなもんなんだ。でもそんなものかも。ハイパースポ―ツでも一万回転ぐらいだって言うものね。


「一万一千まできっちり回せ」


 それは頭文字Dの話だけど、タコメーターがないからわかんないのよね。無いと言えばシフトインジケーターも無い。


「グロムには付けとるのにな」


 ホンダはカブエンジンの派生モデルを展開してるのだけど、まずスーパーカブ系統がある。ここにはハンターカブやクロスカブ、だいぶ違う点はあるけどダックスも入れても良いと思ってる。


「自動遠心クラッチのオートマやもんな」


 これに対してクラッチ付のマニュアルモデルとしてモンキーとグロムはある。デザインと言うかコンセプトはだいぶ違って、モンキーはいかにもバイクって感じのクラシックな感じだけど、グロムは如何にも走りますって感じのスポーツ志向って感じかな。


「仕様もあれこれちゃうけど、兄弟車やと思うねん」


 サス設定とか、エンジンのセッティングも微妙に違うのだけど、サイズ的には同じぐらいだものね。ついでに言えば値段はグロムの方が安いぐらいなのに、


「メーターはえらい違いや」


 そうなのよ。メーターデザインが違うのはともかく、メーターに表示される情報がこれでもかってぐらい違うんだよ。グロムのはある意味、現在のバイクの標準フル装備って感じかな。だってタコメーターも、時計も、シフトインジケータ―だって付いてるもの。


「コンセプトの差なんやろな」


 モンキーのメーターは可愛いけど、スピード表示と、燃料計と、距離計しかないものね。あのオプションの追加はどう思う。


「今さらいらんやろ」


 モンキーにも純正オプションで、シフトインジケーターと時計のコンビネーションメータが出たのよね。あれも千草たちが買う時になったら手を出してたかも。


「ああ、とくに時計は欲しかった」


 でもね、チーカシ細工して付けたからそれで十分だし、


「シフトインジケーターも無いよりあった方がエエぐらいや」


 タコメーターも欲しかったけど同上だ。走ってればシフトタイミングぐらいわかるし、これぐらいなら今は何速かぐらいわかるもの。


「そういう乗り方するバイクやと思うわ」


 エンジン音と、トルク感を感じて走らせるのが楽しいのよね。


「それより欲しいのはリザーブタンクや」


 あっ、それ言えてる。これもモンキーの欠点の一つだけど、とにかく燃料計がエエ加減すぎる。とにかく燃料警告灯が点くのが早すぎるのよ。


「やばかったもんな」


 あれはコータローが粘り過ぎたからだ。お蔭でモンキーのタンクには本当に五・六リットル入るって確認できたぐらいだったもの。リザーブタンクって1リットルぐらいのはずだから、それだけあればツーリングなら六十キロぐらい走れるじゃない。


「燃料計のアバウトさは謎やな。技術的にそんなに難しいんやろか」


 スクーターでももうちょっとマシな気がするよ。というかさ、燃料計の精度が上がったからリザーブタンクを省略したはずじゃないの。


「そやねんよな。ああいうものは残り1リットルぐらいで点灯して欲しいで」


 乗り始めた頃に燃料警告灯が点滅してすぐに給油したら三・五リットルしか入らなくて、なんじゃ、こりゃって思ったもの。まだ2リットルも残ってるじゃない。


「ダックスなんかどないなってるんやろか」


 それ、思った。だってダックスのタンクは三・八リットルなんだよ。モンキー並の残量で点灯したら、走行距離が百五十キロぐらいでそうなるじゃないの。

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