第5話お節介なんか、しなきゃよかったのに

翌朝。相川はいつもより少し早く目を覚ました。


昨夜は結局、咲と連絡先を交換したあとすぐに「今日は楽しかったです!」というメッセージが届いた。

内容は実に健全。スタンプもなし。ただそれだけの、まっすぐすぎる言葉。


けれど、スマホの通知が鳴るたびに少しだけ胸がざわつく感覚があって

それが心地悪いのか、少し嬉しいのか、自分でもわからなかった。


「……はぁ」


スーツに着替えながら、ため息をひとつ。

昨日より目立たない場所に髭を剃り残し、ヨレたネクタイを軽く整えて家を出た。


そして、やはりというか、当然のように彼女はいた。


「おはようございます!」


制服姿で、いつもの場所。

咲は手を振りながら駆け寄ってくる。


「今日も会えてよかったです。あ、ほら、朝は涼しいから麦茶よりこっちかなって」


差し出されたのは、缶のホットミルクティー。


「……いや、そんなに毎回用意しなくていいよ。悪いし」


「お礼ですから。ちゃんとした」


(ちゃんとしてるお礼って、なんだよ)


ツッコミを飲み込んで、受け取る。ほんのり温かい缶が、指先をくすぐった。


駅までの道を並んで歩いていると、不意に咲が言った。


「昨日、公園で話してたとき……楽しかったなって、すごく思って。こういう時間、あんまりなくて」


「そうなのか?」


「うん。ママ、看護師で忙しくて。夜勤とかもあるから、家で一緒にご飯食べるの月に数回くらいしかないんです」


「……そうか」


「だからかな。誰かと一緒にご飯食べたり、ただ話したりするの、すごく嬉しいんです」


その言葉を聞いて、ふと頭に浮かんだのは

あの夜、自分が助けに入った瞬間、咲が見せた泣きそうな顔だった。


あれは、ただ怖かっただけじゃない。

誰にも見てもらえない日々の延長に、ぽっかり空いた穴みたいなものだったんじゃないか、

そんな気がした。


(……こんな子、誰かがちゃんと気にかけてないと)


まただ。

また“お節介”な考えが浮かんでいる。


(違う。これはただの、善意……のつもりで)


「相川さん?」


「ん?」


「……あの、今日も……もし時間が合えば、ちょっとだけ……いいですか?」


その目は、昨日よりもほんの少しだけ、不安そうだった。

答えは言葉にする前に、彼の表情に出ていたのかもしれない。


「……わかったよ。今日も早く帰れたらな」


「はいっ!」


嬉しそうに笑う咲を見ながら、相川は心の中で自分に言い聞かせる。


(これはお節介。そう、ただのお節介なんだ)


けれどその“お節介”が、自分の中でどんどん

大きくなっていることに

まだ、気づかないふりをしていた。

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