第3話動いたのは、ただの気まぐれ

仕事中、ふとした瞬間にあの光景がフラッシュバックする。


あの夜、コンビニ前で不良たちに囲まれた

彼女、三浦 咲。

そして、自分でもよくわからないまま出した声、飛び出した一歩。

殴られ、倒れて、それでも後悔しきれなかった自分の行動。


(あれは……ただの気まぐれだったんだ)


そう、自分に言い聞かせる。

正義感なんて大層なものじゃない。ただその瞬間、胸のどこかがざわついて、動いただけ。

だというのに


「今日、会えたりしますか?」


あの言葉が、やけに耳に残っていた。


「……はぁ」


溜め息をつきながら、相川はPCのディスプレイに視線を戻した。


そのとき、斜め後ろの席から吉川の声が飛んできた。


「相川さん、今日って残業ありますか?」


「ん? いや……定時で帰れると思いますけど」


「そっか。じゃあ一緒に駅まで-あっ、でも用事あるかもですよね。顔の腫れもあるし」


言いかけて、あからさまに探りを入れるような目。

いつもより少しだけ距離が近い気がする。


「今日は……ちょっと寄るとこあるんで」


「ふーん……そうですか」


彼女は口元だけ笑って、視線をパソコンに戻した。

その目が、どこか冷めたように見えたのは気のせいだったのだろうか。



日が暮れた帰り道。

結局、相川はふらりと昨日のコンビニに立ち寄っていた。


咲が言っていた「早く終わる日」が本当なのかどうか、確認したいわけじゃない。

ただ、なんとなく。

ふだんなら寄らない時間に、ふだんなら通らないルートを、今日は選んだ。


そして、いた。


「相川さん!」


制服姿で、コンビニのすぐ近くに立っていた咲が、手を振って駆け寄ってきた。


「会えたー! すごい! ほんとに来てくれたんですね!」


「……偶然だよ。帰り道、たまたま寄っただけ」


「たまたまでも、嬉しいです。ね、今日ちょっとだけ歩きませんか? 夕方の公園、好きなんです」


「……公園?」


「はい。すぐ近くだし、誰もいないし、静かで。話だけでいいから。ダメですか?」


きらきらと期待の目で見上げてくる咲に、断る言葉を見つけられなかった。


「……少しだけな。すぐ帰るぞ」


「やった!」


咲は嬉しそうに先を歩き出した。

ほんの数歩後ろを歩きながら、相川は思った。


(なんで俺は、ついて行ってんだろうな……)


ただの気まぐれだったはずの一歩が、

気づけば、もう一歩先へと踏み出していた。

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