第46章「視線の先に」

関東ブロック大会・二日目。

 会場は横浜の中規模ライブホール。キャパ500のフロアは、熱気と湿気でむせ返るほどだった。


 楽屋裏、ことねはいつものようにマイクを握って深呼吸を繰り返す。

 隣で彩葉が笑って肩を叩き、芽依は無言でミキサーの設定をチェックしている。


「今日の相手、神奈川代表“Lady Bass”……レゲエ調で押してくるユニットだよ」

 彩葉の声に、ことねは軽くうなずいた。

 裏拍が多いリズム――苦手だったはずの拍感。けれど、もう逃げるつもりはない。


Silent Riot 楽曲「Break the Loop」

作詞:ことね


作曲:芽依


サウンド:ロックとレゲエを融合させたクロスビート


テーマ:繰り返す日々を、破って進む


 開幕、芽依のスクラッチが四分と八分を交錯させる。

 ことねのVerseが裏拍を踏みしめるように滑り出す。


『繰り返す 昨日のループ

抜け出すため 走るフロア

影を踏み越え 拍を跨いで

Break the loop, Break the loop』


 彩葉が鋭いコーラスで畳みかけ、ギターリフがレゲエのゆらぎを断ち切った。

 客席前方では東雲りなと鮎原やよいが拳を突き上げ、後方には響と詩織が腕を組んで見守っている。

 猫丸とみのた、そして愛犬べすもちゃっかり混じっていて、べすは尻尾を振りまくっていた。


 曲が終わると、観客の一部が一斉にスマホを掲げた。

 その光景のさらに奥――

 ステージ照明の隙間から、サングラスをかけた長身の女性がこちらを見ていた。

 日本の女性ラップシーンで“女帝”と呼ばれる神ラッパー、《MC REINA》。

 その視線がことねに突き刺さる。


 楽屋に戻ると、彩葉が息を弾ませて笑った。

「やばかったね、今日の乗り方。裏拍完璧じゃん」

 芽依も珍しく口を開く。「……音に乗れてた」


 ことねは水を飲みながら、さっきの視線を思い出していた。

 胸の奥がざわつく――あれは偶然じゃない。誰かが、自分を見つけた。


 そしてその夜。

 大会公式のSNSアカウントがSilent Riotの映像をアップすると、瞬く間に拡散され、#BreakTheLoop がトレンド入りした。


「……町田の女子高生、やべえ」

「裏拍で飛んだな、完全に化けた」


 全国のステージが、もうすぐそこまで迫っていた。

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