第42章「“最初の一歩”の、その先に」

「ねえ、ことね。怖くないの?」


放課後、教室に差し込む西日が、彼女の顔を黄金に染めていた。

彩葉の問いかけに、姫咲ことねは少しだけ目を伏せ、窓の外を見つめる。


「うん、怖いよ。……でも、それよりも“伝えたい”が勝ってるの」


「……ふーん。じゃあさ、怖いときは、私の声で煽るから」


「……うん。彩葉の声、わたし大好きだし」


彩葉は、ふっと笑った。


「そっか。じゃあ、今度の大会も“Silent Riotらしく”行こうよ」


ことねの隣では、芽依が黙ってノートPCを開いていた。

波形の中に、ビートの鼓動が刻まれていく。

どこか遠く、でも確かに近づいている音があった。




全国大会への最終選抜――町田ブロック代表を決める決戦の日。

会場には、観客と審査員と、そして夢を背負ったユニットたちが揃っていた。


司会が名前を呼ぶ。


「エントリーNo.7――Silent Riot!」


「……来たわね」


客席の一角、制服姿で腕を組んだ女子がいた。

鮎原やよい。ガンプラモデラーであり、Silent Riotの隠れファン。

その隣には、東雲りなと柊木まこと、郷原ゆいのモケ女メンバーもいた。


「……模型と、ラップって、やっぱ似てるわ」


まことがポツリとつぶやく。


「うん。“自分を作って見せる”ってとこ、まさにね」


やよいの眼差しがステージを射抜いた。



無音の中、DJ芽依がターンテーブルを動かす。

硬質で深いベースが、空気を震わせる。

彩葉が第一声を上げる。


🎤**『Backstage Riot』 by Silent Riot**


🎙️【彩葉】

一歩じゃ足りないその先へ

ライトの下じゃ語れない「なぜ」

黙ったままのこの想い

言葉にして、いま、舞い上がれ


🎙️【ことね】

鏡の前で睨んだ自分

弱さも嘘も全部ごと韻

誰かになるんじゃなくて

“私”でいるって、それが真実(まこと)


🎙️【彩葉&ことね】

ぶつかり合って、笑い合って

傷つくことすら音に変えて

これがSilent Riot――声を上げろ!


観客の拍手が、波紋のように広がる。

審査員のペンが動く音すら、リズムの一部に感じた。


「……すごかった」


客席、震感少女の悠木詩織が呟く。

隣の一ノ瀬響も、胸に手を当てながら呟いた。


「“震え”が届いた……音じゃなくて、“揺れ”だった」


「うん。“自己表現”って、こういうことかもしれないね」



Silent Riotの三人は、静かに呼吸を整えていた。

手応えがあった。だが――そのとき、控室のドアがノックされた。


「おいおい……こりゃあ、優勝候補が本物だったわけだ」


現れたのは――


フードを目深にかぶった、黒のジャージ姿の女性。

その背後には、神々しいまでのオーラを纏う“存在感”があった。


「……あんた、もしかして」


芽依の目が見開かれる。


「神ラッパー、“KURENAI”…?」


「へえ。知ってるんだ。あんたたちの音、面白かった。

……ま、せいぜい這い上がってきな。全国にはもっと化け物いるけどさ」


神ラッパー・KURENAI――

女子だけのラップシーンで伝説とされる存在が、とうとう動き出した。


ことねたちは、その瞳に確かに“試されて”いると感じた。

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