第41章「交差点の音、静かに燃ゆ」

ライブ後の熱がまだ冷めきらない空気の中。

Silent Riotの三人は、人通りの少ない忠生通りのベンチに腰掛けていた。


「……決勝、近いね」


結城彩葉がつぶやいた。

街灯に照らされたその表情は、いつになく静かだ。


「……うん。でも、怖くない」


ことねが答えた。

ライブを経て、彼女の声には揺らがなかった。


芽依はヘッドホンを首にかけたまま、スマホのビートをいじっている。

口を開かずとも、彼女の手つきが“次の音”を探しているのがわかった。


「ねえ――あれって、Silent Riotじゃない?」


聞き慣れた声が後方から届く。


振り返ると、東雲りながと鮎原やよいが、駿河屋のビニール袋を下げて立っていた。


「やっぱり!制服でわかった。Silent Riotのことねちゃんだよね?」


「……え、あ、はい。えっと……」


ことねが戸惑う。


「こっちは鮎原やよい。ガンプラ作ってる。あんたたちのライブ、昨日見たんだよ。やばかった。ビビった」


「えーほんとですか!?ありがとうございます!」


彩葉が思わず前のめりになって笑った。


「ラップって、模型と似てるんだよ。どっちも“自分の手で作って、表現して、見せる”ってとこ。わかる気がした」


そう言って笑う東雲の目に、ことねは“自分と同じ色”を見た。


その頃


「……聞こえた?」


「うん」


震感者・一ノ瀬響と、共鳴者・悠木詩織は、夜の町田を歩いていた。

遠くから漏れ聞こえるトラックと歌声――その残響に、二人の心が静かに震えていた。


「音が、ゆれてる。なんていうか……魂が走ってるみたい」


響が呟いた。


「うん、あたしもそう思った。

……でも、あの揺れ、ただの音じゃなかった。なにかが蠢いてる感じ」


詩織の言葉に、響は立ち止まる。


「……また来るかもしれない。“あれ”が」


町田駅前・噴水広場


「Silent Riotだ〜〜!!ことねちゃーーーん!!」


顔を真っ赤にした男が遠くから駆け寄ってくる。


「うわ、北山だ……また来た……」


やよいが呆れた声を漏らす。


北山望、22歳。Silent Riotをガチ推しする町田のロリコン系フリーター。

揚州商人でバイトをしながら、女子高生を崇拝して生きている。


「ことねちゃん!!今日のライブ、マジやばかった!!

俺、CD出たら10枚買うから!!ついでに俺のことももらって!!」


「……やば……」


芽依が音も立てずに顔をしかめた。


「……女子大生以上はババア!JKは正義!ことねちゃんは合法天使!!」


その瞬間――


「うるせえんだよ変態ロリコンがぁ!!!!」


バァン!


背後から巨大な何かに突撃されて、北山が吹っ飛んだ。


「……べす。やりすぎ……」


現れたのは、根津猫丸。そしてその脇には、星野みのた。

そして、ことねの顔に飛びついて舐め回す、アホの黒ラブ、べす。


「やーんべすー!!顔やめて!!ラップできなくなるー!!」


「おーいべすー、それはマイクじゃねーぞー」


猫丸は緩く笑う。


「君たちの音、聞いたぜ。ちゃんと“表現”になってた。

音ってのは魂の器だ。……模型と似てる」


「あたしも、好きだよー!!Silent Riotって名前が最高にいいねー!」


何がいいのかは一切わかっていない様子で、みのたは親指を立てた。


三人と一匹が去ったあと、Silent Riotの三人はしばらく言葉を失っていた。


「……あれが“町田”なんだろうね」


彩葉がぽつりと呟いた。


ことねは――小さく、笑った。


「……うん。わたし、この街が好きかも」

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