第37章「音だけがあった場所で」


無音のスピーカーの前で、芽依は一人、座っていた。


カセットデッキの“再生”ボタンを押す。

流れ出したのは、何も語られない、でもすべてが語られるビート。


静かで、冷たくて、でもどこか温かい。


「……やっぱ、すげぇや、芽依」


背後から声をかけたのは、彩葉だった。


「ことねも来るって。……それより、芽依」


芽依は、ヘッドホンを外さずに、彩葉に視線を投げた。


「……あたし、ずっと知りたかった。

なんで芽依は、そんなに“音”にこだわるの?」


──その瞬間、芽依の視線が、ほんの少しだけ揺れた。


🎧 回想:音だけがあった少女

幼い芽依は、“ことば”を持たなかった。


母親の大声、祖母の泣き声。

家の中に言葉はあったのに、自分だけがそれを音としてしか受け取れなかった。


学校でも喋らず、ノートに描くのは「音の形」。

孤立していた少女を救ったのは――


「お前、音楽、好きか?」


そう言って渡された一枚のCD。

再生すると、飛び込んできたのは

**SOUL'd OUTの『Dream Drive』**だった。


「……なにこれ、音が……言葉になってる……!」


それが芽依の、“はじめてのことば”だった。


以来、芽依は言葉を話さないまま、音で会話を始めた。

家では語らず、学校では一人、でもヘッドホンだけは外さなかった。


芽依はそっと、いつものメモ帳を開く。


そこに描かれた一行――


『言葉は、音より遅い。でも、届く速度は同じだった』


ことねが扉を開けて入ってくる。


「おまたせ。……って、泣いてんの?」


彩葉がことねに軽く頭突きをして笑う。


「芽依、泣いてないって。……ちょっと、震えてただけ」


芽依が、メモ帳を閉じて、CDを一枚掲げる。


そこには手書きで書かれた曲名――「Silent Riot」


「……これが、あたしの声。三人で、鳴らしたい」


ことねが頷いた。


「……いいね、それ。Silent Riot。あたしたちの名前に、しようよ」


彩葉も笑う。


「“沈黙の暴動”か……めっちゃいいじゃん。それ、あたしたちの合図になる」


芽依の口元がわずかにほころぶ。


言葉を使わなくても、音は言葉を超えて繋がる――



鮎原やよいがカウンターでCDを見ていた。


「……Silent Riot、ってユニット? なんか……感じるな、これ」


「お、よくわかるな。最近町田の女子高生ユニットでちょっと騒がれてるぜ」


と話しかけてきたのは、相河修二。


「“音だけで泣ける”って、すげーよな。ガンプラでいうと、筆塗りで涙流すみたいな」


「それ無理じゃない?」


「いや、魂を込めればできる……気がする」


やよいの脳内に、言葉のないビートが響いた。

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