第36章「言葉よりも早く届くもの」


「ねぇ、わたしたちの“音”って……ちゃんと届いてると思う?」


ことねのその言葉に、彩葉と芽依は顔を見合わせる。

芽依は相変わらず無言でストローをくるくると回し、彩葉はにっこりと微笑んだ。


「届いてるよ。……少なくとも、わたしには」


「……ありがと。でもさ、あんたは、特別なんだよ」


その言葉に、彩葉の手が止まる。

ふと――二人の視線の先に、桜の花びらが舞う回想シーンが浮かんだ。


「いろはちゃん、また一緒に帰ろ!」


ことねが小さな手を伸ばしたのは、幼稚園の帰り道だった。

無口で人見知りだった“ことね”を最初に引き寄せたのが、陽キャだった彩葉。

その関係は小学校、中学と続く。


けれど、中学2年。

ことねは、いじめに遭い始めた。


「お前、なんか暗いよな。なんでそんな目してんの?」

「ノート、貸してくれる?っていうかコピーさせて~」

「……あの子、いっつも一人だよね」


教室で一人、机を抱えていたことねに、唯一声をかけてくれたのが彩葉だった。


「ことね、ねぇ、逃げるな。わたしがいるじゃん。ずっと、隣にいるよ」


あの時の言葉に、ことねは涙を流した。


あの日から――ことねの中に、音が生まれた。

ことねは、窓越しに過去を追うように、ぼそっと言った。


「……あのとき、いろはがいなかったら、たぶんわたし、音楽なんて知らなかった」


「逆だよ」彩葉が言う。「わたしこそ、ことねの言葉に何度も救われてきた」


芽依がそっと、メモ帳を掲げる。そこに書かれていたのは――


『沈黙を、音にしてくれたのは“ことば”だった』


「ねえ、次のライブ、わたしも歌っていい?」彩葉が笑顔で言った。


ことねは目を丸くする。


「えっ、ほんとに? やるの?」


「うん。わたしも、ずっとSilent Riotの一員だったから」


芽依がうなずき、小さく拳を握る。

“ことね × 彩葉 × 芽依”――三人のラインがついに音楽として繋がる瞬間だった。


そのとき、入口のドアが開いた。


「おいべす、そこはサイゼ、入っちゃダメっつってんだろ〜!」


ズカズカと入ってきた黒ラブに引かれて、根津猫丸登場。

そして、その背後から――


「よっ、Silent Riot。昨日のライブ、聞いたよ」

東雲りなと鮎原やよいが現れる。


ことねが目を丸くする。


「え!? モケ女の……まじで!?」


「そっちも熱かったね。やよいが泣いてたよ」

「う、うるさいなー……なんかさ、音が“走ってた”んだよ。言葉より早く届く感じ?」


芽依のメモ帳がめくられ、新たな言葉が記される。


『走る音は、過去すら超える』


猫丸が鼻をすする。


「……べすも泣いてたよ。顔ベロベロしてたのは、愛情表現だな」


「またかよぉ!!」ことねと彩葉が叫ぶ。

そして、べすは芽依の顔もぺろりと一舐め。


芽依、微笑んでOKサイン。

「……仲間入り、認定だね」彩葉がくすりと笑った。


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