第33章「裏拍の迷路」

夜のスタジオ。

外は雨。

防音ガラス越しに、街の光がぼんやり滲んでいる。


Silent Riotの三人は、いつものように機材を囲んでいた。

でも、今日は雰囲気が違った。


「これが、“裏拍”」

芽依が、リズムを指で打つ。


タン、タッ、タン、タッ。

“表”と“裏”が入れ替わるような、浮遊感。

それに合わせて、打ち込みのビートがうねる。


「……乗れない」

ことねが言った。


「拍に合わせてんのに、リズムがズレる。歌ってるのに、走ってるように聞こえない……」


「逆なんだよ」

彩葉が椅子の背もたれに腕をかける。


「“合わせる”んじゃなくて、“ずらす”の。

1で入るんじゃなくて、1.5で入る感じ。

それが“裏拍”。

たとえばさ、ジャンプする時って、いきなり跳ばないでしょ?」


「……しゃがむ?」


「そう。しゃがんで、“ため”をつくって、飛ぶ。

その“しゃがみ”が裏拍」


芽依が無言でうなずく。


ことねは目を閉じて、耳を澄ます。

リズムが、波のように寄せては返す。


…タン……タッ……タン……タッ。


その“タッ”に乗る。

心の奥で何かがはじけた。


🎤ことねVerse(裏拍リリック)


『合わそうとしても ハマらない

合わせた瞬間 私じゃない

走るより 止まるより

このズレの中で 踊っていたい』


『1・2のリズム その“0.5”に

私の痛みは 隠れてる

それを 引きずり出すように

今 音の隙間を 泳いでる』


彩葉がギターのリフをかぶせる。

“ため”のある音。

そして叫びのようなハーモニー。


芽依のスクラッチが宙を裂く。


Silent Riotの音が、ひとつの“ズレ”として美しくハマった。


ことねの目が開く。

「……これか。“裏拍”って」


「正しく歌わなくていいの」

彩葉が笑う。


「自分の呼吸で、ズレてく。

その“ズレ”が、表現」


芽依が、ビートを止める。

静寂の中に、余韻だけが残る。


📍町田ガニヤラ池・夜


猫丸が愛犬べすとベンチに座っている。

雨でぬれた地面に、ライトが反射している。


「拍に乗れないやつって、リズム音痴って思われがちだけどさ」


べすが「ふーん」みたいな顔をしている。


「ほんとは、“その拍に合ってない人生”を送ってるやつの方が、音楽には合うんだよな」


べすが尻尾を振る。

猫丸が笑う。


「ズレてるやつほど、ハマるのが音楽だ」

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